佐藤天彦九段の不服申立書に対する裁定

更新:2023年01月13日 16:00

(常務会決議事項)

2023年1月12日

佐藤天彦九段の不服申立書に対する裁定

公益社団法人日本将棋連盟・常務会

1.経緯
 2022年10月28日に実施された名人戦・第81期順位戦A級4回戦、永瀬拓矢王座対佐藤天彦九段の対局において、業務執行理事として立会人の任を代行した鈴木大介常務理事及び佐藤康光会長が、佐藤天彦九段が約1時間に亘りマスクを外していたとして、臨時対局規定(以下「臨時規定」)に基づき、反則負けとする旨の裁定を行いました(以下「本判定」)。
 これを受け、同年11月1日、佐藤天彦九段は、当連盟に対して不服申立書(以下「本件不服申立」)を提出しました。
 不服申立の裁定機関である当連盟の常務会は、慎重に審議した結果、客観性・中立性・公正性の観点から、大野徹也弁護士(霽月法律事務所)及び鈴木正人弁護士(潮見坂綜合法律事務所)に、本件不服申立に関する事実関係の調査、並びに関係資料の精査等を踏まえた本判定と本件不服申立の適否の検討等に関する助言等を委嘱していたところ、本日1月12日、「調査報告書兼意見書」を受領しました(「調査報告書兼意見書」の要旨版を、本決議書に添付します)。また、本件不服申立について非常勤理事(外部理事)への意見聴取も行いました。
 そこで、本日、常務会は、本判定を担当した業務執行理事である佐藤康光会長と鈴木大介常務理事を審議から除外した上で、調査報告書兼意見書等を参考としつつ慎重かつ自律的に審議し、以下を決議しました。

2.結論
 「本判定」は当連盟の臨時規定及び対局規定に即した妥当な判断であった。したがって、「本件不服申立」における、反則負け判定の取り消し、並びに、対局のやり直しの主張については、いずれも採用できない。
 なお、既存の規定や運用方法については、今後改善に向けて継続的な議論を行っていく。

3.理由
 佐藤天彦九段が約1時間の長きに亘ってマスク不着用であったことは事実であり、同事実は、臨時規定施行時に棋士及び女流棋士に通知した反則の適用除外となる「食事をしているとき」「飲み物を飲むとき」「周りに人がいない(2m以上離れている)とき」等の「一時的な場合」にも明らかに該当していません。当連盟としては、こうした同規定の内容については、定例報告会、会報、電子メール等の機会を通じて、複数回に亘り周知説明してきたところです。
 また、本件不服申立で、本判定の問題点と主張されている事項については、弁護士の意見も踏まえ、以下のとおり判断します。
 第一は、当連盟が臨時規定の解釈を誤っていると主張される根拠として、故意犯処罰の原則が挙げられていますが、これを刑法以外の法領域、わけても団体の内部規定や将棋対局のルール等に常に妥当するとはいえないものと考えられます。仮に、本件が故意ではなく不注意による過失だとしても、過失事案はマスク不着用にも当然に想定され、他の反則行為は過失事案も対象としているにもかかわらず、マスク不着用についてのみ故意犯処罰の原則を類推することは難しいと考えます。なお、臨時規定の趣旨は「新型コロナウイルスの感染拡大防止の徹底」という点にあり、その趣旨は社会通念上も過失事案に妥当するものと考えます。
 第二は、相当性を欠くとの主張について、労働契約の懲戒権行使に要求される相当性の原則を類推しつつ、「注意・警告をしたにもかかわらずあえてマスクを着用しない場合等に適用されるべき規定」と解すべきとされています。しかし、マスク不着用の反則は懲戒権行使ではなく現行の将棋対局ルールであり、上記のような懲戒権行使に関する原則を類推させることが必ずしも必要とはいえないものと考えます。臨時規定においては、注意・警告や相当性が要件とされておらず、対局規定8条では、マスク不着用の反則についても、他の反則行為と同様に反則行為の発生時は「即反則負け」とされている以上、マスク不着用の反則についてのみ、注意・警告が反則負けの要件になるとの解釈を採用することは困難です。
 なお、臨時規定制定当時(2022年1月26日)の経緯を遡りますと、仮に注意・警告を要件化した場合、伝達時まではマスクを着用しないケース等が生じ得ることが懸念されました。対局相手や記録係が感染者や濃厚接触者となった場合には、療養や自宅待機によって事後の行動や対局が制限される他、対局自体の延期や不戦敗、更には将棋愛好家・協賛者・主催者等にも多大な影響を与える怖れについても当連盟として考慮する必要がありました。こうしたことから、マスク不着用が例外的に許容されるケースがどのようなケースであるのかについては別途具体的に示しつつ、マスク着用を義務とし、違反行為を即反則負けとする規定が制定されたものです。昨今のコロナ禍の第8波の蔓延を見るにつけ、現規定が直ちに相当性を欠くとはいい難く、約1時間に亘ってのマスク不着用という行為に対して反則負けという判断を下したことが相当性を欠くともいい難いと考えます。
 したがって、佐藤天彦九段のマスク不着用は、臨時規定1条本文に違反し、同3条本文に基づく反則負けの要件を充足することから、立会人の任を代行した業務執行理事が行った反則負けとの裁定は、各規定に即した妥当な判定であったものと判断します。

4.最後に
 当連盟は、今回の一連の事態を踏まえて、夕食休憩を含む長時間の対局の全てに立会人を設けることを速やかに決定していますが、本件不服申立で提起された意見も貴重なものとして真摯に受け止め、今後の改善に活かす所存です。既存の規定や運用方法についても、理事会等に諮りつつ、再検証と一層の改善、整備に務めて参ります。
 なお、もとより、反則行為があった場合に立会人等へ対処を求めることや、反則行為の判定に対して不服申立を行うことは、対局規定に基づく対局者の権利であり、その行使も何ら非難されるべきものではありません。当連盟としては、今後、対局者をはじめする本件関係者に対する非難が広がらぬよう、将棋愛好家をはじめ、あらゆるステークホルダーに対して適切な説明を行い、誹謗中傷の防止と名誉の回復に努めます。
 依然として長期化するコロナ禍については、逐次最新情報の入手に務め、引き続き棋士、記録係ら関係者の健康と円滑な棋戦運営を第一に考えて対応して参ります。

以上

調査報告書兼意見書.jpg調査報告書兼意見書【要旨】

別紙1 不服申立書.JPG別紙1 不服申立書

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