将棋文化検定特別寄稿「私の受検記」

更新:2015年07月22日 12:30

藤井克彦さん
レポート作成:田丸昇九段(将棋文化検定委員)

今年の春に発行された『将棋ペン倶楽部』第63号の会報に、「将棋文化検定を考える」という文章が掲載されました。投稿した将棋ペンクラブの会員は神奈川県に住む50代の藤井克彦さん。第1回(2012年)と第2回(13年)の将棋文化検定を受検しました。今回は、藤井さんが語った将棋文化検定を受検した感想と有意義な提言を紹介します。

 「私は第1回の将棋文化検定は2級で受検し、合格点(100満点で75点)にわずかに足りない71点で不合格となりました。50問中で正解は33問で、自分ではよく健闘したと思っています。悔やまれる誤答のひとつは記述式問題の【タイトル保持者への表彰状は、名人位は推戴状、竜王位は(  )】です。じつは2012年の《全国普及サミット東京》に普及指導員として参加した私は、席上で将棋連盟会長だった米長邦雄永世棋聖が「竜王位は推挙状です。これは将棋文化検定の問題に必ず出ますよ」と言われたのに、しっかり覚えていなくて正答を書けなかったことを反省しました。
 第2回はAコース(1級・2級)を受検しました。事前の棋書学習をあまりできずにぶっつけ本番で臨んだのですが、合格点(130点満点で77点)ぎりぎりの79点で2級に合格できました。
 将棋文化検定は、歴史の中の将棋の存在についての認識を広げることに意義があると思います。その意味で、将棋の歴史や文化を書いた昔の棋書を参考図書として、紹介したり目録を作ったり、復刻版を出してほしいです。名著の掘り起こしと再発見によって、検定の普及が進むことを期待しています。
 私は将棋文化検定を「お付き合い」する気持ちで受けました。ほかの人たちも、今のところは将棋文化に興味があったり試験好きの人が受けるという状況です。将棋と将棋界を愛する人たちがより多く受検するようになるには、資格を得ることで役に立つ、何らかの特典がある、ということが望ましいです。例えば 、将棋界の記念イベントやタイトル戦の観戦に招待、『将棋世界』の誌上で合格者たちが将棋文化を語る座談会など、様々な企画があります。将棋文化検定を発展させるために、ぜひ考えてほしいと思います」

 藤井さんは仕事の関係で20代から30代までは将棋から離れた時期があったそうですが、近年はまた将棋に熱中しています。将棋の愛読書は『山口瞳血涙十番勝負』(山口瞳)、『将棋文化史』(山本享介)、『大山康晴の晩節』(河口俊彦)、『升田幸三物語』(東公平)、『聖の青春』(大崎善生)など。
 私は将棋文化検定の委員として、藤井さんが提言した合格者の特典などについて、将棋連盟の役員と話し合ったことが以前にあります。ただ昨年の検定が中止となり、話は宙に浮いてしまいました。今後は、合格者たちが何らかの形で処遇されるように話を進めていきます。

酒井高行くん(中学生)
レポート作成:田丸昇九段(将棋文化検定委員)

 酒井高行くんは東京・青梅市に住む14歳の中学生で、家族で将棋を愛好しています。3年前の第1回将棋文化検定では、母親の美樹さん、高行くん、弟の弘矢くんの3人で9級を受検し、全員が合格しました。2年前の第2回将棋文化検定では、父親の康雄さんはDコース(7級・8級・9級)、高行くんはCコース(5級・6級)を受検しました。そして康雄さんは7級に、高行くんは5級に合格しました。
 高行くんは第1回で満点の100点、第2回で2位の106点(満点は120点)と、いずれも見事な成績を収めました。高行くんが語った、将棋文化検定の受検に向けた普段の勉強ぶりを紹介します。

 「僕は3歳のときに祖父から将棋を習いました。今は八王子将棋クラブに通って指していて、棋力は三段です。じつは将棋の世界そのものにとても興味があるんです。『将棋世界』と『週刊将棋』を隅々まで読んで、将棋の知識と情報を得ています。中でも田丸先生(昇九段)が『将棋世界』で連載している「盤上盤外 一手有情」は、棋戦の歴史や将棋界の裏話が書いてあるので、参考になるし面白いです。将棋連盟のホームページもよく見ています。神田の古本屋に行って昔の棋書を買うこともあります。また、テレビのビデオ録画で「将棋」の2文字をキーワードにセットしていて、将棋に関連するドラマや加藤先生(一二三九段)が出演するバラエティー番組が自動的に録画されます。それも見て楽しんでいます。
 第2回将棋文化検定の問題では、第40問(将棋の初段免状で「○○顕著なるを認め」の文言の問題。○○のヒントは、(1)進歩(2)向上(3)努力)は迷った末に(1)と答えました。自信はなかったのですが正解でした。第43問(昔の「中将棋」の盤の升目の数の問題。ヒントは(1)11×11(2)12×12(3)13×13)は当てずっぽうで(3)と答えましたが、正解は(2)でした。いくら勉強しても、知らないことが多いですね。
 八王子将棋クラブの友人が8月に奨励会の入会試験を受けます。筆記試験もあるというので、僕が『将棋手帳』の記録欄を見て歴代名人などの問題を出して、一緒に勉強しています」

 父親の康雄さんは「息子は中学校の授業で、とくに日本史が好きなようです。地元の青梅に記念館がある関係で、吉川英治の『宮本武蔵』『新・平家物語』などの歴史小説をよく読んでいます。9月には小学3年生から習っている柔道の初段昇段試験を受けます」と、高行くんの学生生活について語りました。
 高行くんは将棋文化と日本史を学び、柔道で身体を鍛えています。まさに「文武両道」の精神で心身を充実させています。今年10月に行われる第3回将棋文化検定では、Aコース(1級・2級)を受検するそうです。いい成績を期待しています。

曽根維石さん(精神科医)
レポート作成:田丸昇九段(将棋文化検定委員)

曽根維石さんは精神科の医師で、東京・中野区鷺宮で開業しています。将棋は大学時代から愛好し、三段の免状を取得しました。5年前に「鷺宮将棋サロン」を開き、地元の将棋愛好家たちと指して楽しんでいます。2012年10月の第1回将棋文化検定で、曽根さんは将棋サロンの会員たち(計8人)と一緒に受検しました。曽根さんは将棋サロンの会長という見栄もあって、最上級の2級を受検したそうです(ほかの会員は大半が6級以下を受検)。曽根さんが語った涙と汗の受検記を紹介します。

 「私は『週刊将棋』を約30年前の創刊号から愛読していて、将棋界の情報と知識はある程度は知っています。それに3択問題だから何とかなると思いました。しかし最初の10問はほとんど解けませんでした。それを放置して次に進むと、知っている内容の問題がようやく出ました。試験開始から30分たつと、解答を終えて退室する人もいましたが、私の解答用紙は空白だらけでした。記述式問題では手も足も出ない設問もありました。60分の制限時間の最後まで残って解きましたが、自信のないまま会場を後にしました。
 1ヵ月後に結果が届きました。私の得点は2級の合格点(75点)に4点足りない71点でした。将棋サロンのほかの会員たちは全員が合格しました。そのために酒席では《俺は9級、会長は無級》などとよくからかわれました。試験に落ちるなんて、大学の医学部時代に唯一追試を受けた神経解剖学実習の口頭試問以来で、35年ぶりのことでした。そんな悔しい思いを晴らすために、それから1年間は猛勉強しました。自分が持っている将棋の書物をすべて取り出し、問題が出そうな内容をチェックしました。主な書物は将棋史研究家の天狗太郎さん(本名・山本享介)の『将棋の民俗学』『将棋好敵手物語』などです。そして将棋の誕生、江戸時代から現代までの将棋の歴史、羽生さん( 善治名人)関連の記録、常識的なものやマニアックな内容のエピソードなどを調べ上げ、A4用紙で8枚の《アンチョコ》にまとめました。
2013年10月の第2回将棋文化検定で、私は意気揚々とした思いでAコース(1級・2級を対象)を受検しました。しかし問題の内容は前回よりもはるかに難しく、私が想定したアンチョコの資料の大半は無用となりました。全60問の中で、自信を持って答えたのは計31問でした。後は運を天に任せるような解答ばかりでした。4択問題(計3問)と記述式問題(計10問)も苦戦しました。私はがっくりと気落ちし、試験後はトークショーなどのイベントに参加する気力もなく、早々と退散しました。
 ところが、私は87点の得点(満点は130点)で1級に認定されたのです。35年前の医学部時代以来の《追試》で合格できました。長い年月にわたる知識の積み重ねと、1年間の猛勉強が結果的に生きたと思っています」

 第2回将棋文化検定の選考会議では、Aコース受検者(139人)の中で77点以上の40人を2級に認定し、さらに上位9人を1級に認定しました。1級の合格点は87点でした。90点以上だと観戦記者や棋士などの「業界人」が半数以上になる事情から、前記の合格点に決まった経緯がありました。いずれにしても、曽根さんの87点は見事な成績だと思います。

八段 脇 謙二
(レポート作成:池田将之)

 将棋文化検定の魅力は、学生を離れてから味わえなくなったあの緊張感ですね。3年前の第1回も受検したんですけど、それこそ試験なんて自動車免許のとき以来でした。最初は文化検定と聞いても、いま一つピンとこなかったのですが、受検後は楽しかったというのが正直な感想でした。私は幸い2級に合格することができました。若手棋士などは苦戦したと聞きます。歴史問題などは長く生きている人間が有利ですね(笑)。
 2年前に行われた第2回から、将棋連盟公認の試験問題集が発売されました。実を言うと、私は試験勉強をまったくやらなかったんです。昔から本を読むのが好きで、日頃から将棋世界などは隅々まで読んでいます。印象に残っている問題なら解けるだろうと、それなりの自信があってのことでした。試験当日は広島県福山市の銀河学院中・高等学校に、福崎文吾九段らと向かいました。会場に着くと高田尚平六段が居て、前述の試験問題集を持っていました。そこで高田さんに勧められて5分だけテキストを見ました。
 さて、いよいよ試験が始まりました。問題用紙を一通り見て、全体的に第1回より難しくなっているなと感じました。特に歴史問題が難問続きで、知らなかったこともあって勉強になりました。試験が終わったあとの手応えは、まったく自信が無かったですね。答え合わせをすると、かなり間違っていたので。答えを見て激しく後悔したのが、答えが「となりのトトロ」だった問題です。宮崎駿監督のスタジオジブリ映画で、それをなぜなのか「森のトトロ」と書いてしまっていたんです。まぁ、確かに、となりのトトロは森での話なんですけど(苦笑)。
 最後まで悩んだのは、答えが「長岡裕也五段」だった問題です。名字はすぐに分かったんですけど、名前がどうしても分からなくて参りました。結果的にギリギリで「裕也」を思い出すことができました。しばらくして1級の合格通知がきたときはかなりうれしかったですね。問題が難しかったので、合格ラインが下がったことが幸いしたんだと思います。
 今年は2年振りに将棋文化検定が行われます。今回は田丸昇九段から委員に誘っていただきました。私の考えとしては、第3回は文化検定要素の強い試験問題にできればなと思います。前回はある女流棋士が全巻揃えている漫画を問うなど、雑学要素の強い問題もありました。また、会場で聞くと歴代永世名人のことを勉強している方が多かったので、その問題を入れられたらと思います。やはり学校のテストと同じで、勉強したところが出るとうれしいですから。
 将棋文化検定試験は楽しいイベントだと思います。繰り返しになりますが、学生さん以外の方は懐かしい緊張感を味わえますし、試験に向けて勉強したことは仲間の将棋ファンに自慢することができます。将棋文化検定で合格することがファンにとってステータスになるようにしたいですね。
 そして、今回も多くのプロ棋士が受検すると思います。要望としては、棋士はしっかり勉強して一番上のクラスを受検して欲しい。プロ棋士は将棋文化を伝えていく存在でもありますから。特に若手棋士から将棋文化検定を盛り上げて欲しいですね。

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