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佐藤康光九段 其の一

更新: 2016年3月16日

佐藤康光さんで今回も2回に分け掲載と考えています。
彼の事を「一億と3手読む人」と言ったのは故原田康夫先生。タイトル戦で集中して読んでいる姿を撮っていると本当にそう思います。

将棋盤の底まで読みぬく佐藤さんのたたずまいに接すると将棋の奥を感じます。
目をつむり時にうなだれ、勝負の分かれ道をただ一人分け入って行く姿に、とても神聖なのを感じます。
タイトル戦を撮るのは苦労も多いのですが、あの空気を感じさせてもらった事は我が写真人生で、大きな喜びの一つです。

今回僕の将棋写真フアイルをチェックして佐藤さんの子供の頃も撮っているのに自分でもビックリです。こちら爺になるわけです。

【掲載写真についてのミニ解説(サイト編集部記)】

写真上から順に(1):
昭和56年3月29日と4月4日に東京・渋谷区「将棋会館」と東京・渋谷区「NHKスタジオ」で第6回小学生名人戦が行われた。決勝戦は、高谷新也君と中井広恵(現女流六段)の対戦となり、高谷君が勝って優勝を決めた。その時の三位が佐藤康光(現九段)であった。なお、同じく三位は、畠山成幸(現七段)。写真左から、NHK・原アナウンサー、佐藤康光(現九段)、畠山成幸(現七段)、作曲家・小山内たけとも氏、中井広恵(現女流六段)、高谷新也君、真部一男七段、石尾和子さん。
写真(2):
第8期竜王戦挑戦者決定三番勝負第3局(平成7年9月22日、於・東京・渋谷区「将棋会館」)の昼休明けに撮影された写真。挑戦者決定三番勝負は、佐藤康光前竜王と先崎学六段の対戦となり、第1局目は、千日手指し直しの末、佐藤が勝利し、続く第2局は、激戦を先崎が制して挑戦権の行方は第3局の結果如何ということになった。第3局は、写真でも分るように佐藤は、和服で現れ、一方の先崎は、ノーネクタイのシャツにジャケット姿で登場。対照的な絵図であった。結果は、佐藤が勝って前期の雪辱を果たすべく、羽生善治竜王の挑戦者となった。
写真(3):
第8期竜王戦七番勝負は、第1局が10月20、21日に中国北京市「京倫飯店」で開幕。羽生善治竜王と佐藤康光前竜王が3年連続での対戦となった。写真は、万里の長城で撮られており、カラー写真が、月刊「将棋世界」に掲載されている。ちなみに、この対局は、佐藤が89手で勝っている。
写真(4):
平成10年1月8、9日に栃木県宇都宮市の「宇都宮グランドホテル」で第47期王将戦七番勝負第1局が行われた。羽生善治王将に佐藤康光八段が挑戦。佐藤は、羽生とのタイトル戦がこれで5回目で王将戦では初めての顔合わせとなった。写真は、1日目の昼休みにホテルの庭園に両対局者が出て撮影された時のもの。現在のタイトル戦番勝負では、対局中の昼休みに記念撮影の為に対局室から出ることなどないが、当時はそういったこともあったようだ。なお、これから少しして雪が降り始め、関東地方は記録的な大雪となった。
写真(5、6):
2枚とも第47期王将戦七番勝負第1局でのもの。この2枚は、共に同じような構図で撮影されていて、写真5は羽生王将が写っているが、写真6は、佐藤八段が一人で写っている。ただ、盤面から確認すると、写真5の方は、1日目昼休明けに撮影されており、一方の写真6は、2日目の昼休明けに撮影されたものだろう。面白いのは、佐藤が2枚とも殆ど同じ格好で思考していることだ。両手を座布団につき、やや前傾して盤面に集中する姿は、今でもなお変わらずだ。
写真(7、8):
平成10年6月17、18日に静岡県河津町「今井荘」で行われた第56期名人戦七番勝負第7局での写真。初めての名人挑戦であった佐藤康光八段であったが、谷川浩司名人を相手に3勝3敗とし、名人位の行方は、この対局の結果次第となった。写真7は、1日目昼休明けのもの。写真8は、対局に勝利した佐藤新名人が終局直後のインタビューに答えているところ。佐藤は、実力制になって以来10人目の名人となった。
写真(9):
第73期棋聖戦五番勝負は郷田真隆棋聖に佐藤康光王将が挑戦したシリーズで、3勝2敗の末、佐藤が郷田から棋聖を奪取し、王将と併せて自身初の二冠となった。写真は、平成14年8月1日に新潟県岩室温泉「高島屋」で行われた五番勝負第5局の翌朝に撮影されたもの。数々の将棋の名勝負の舞台となった「高島屋」への色紙を認めているところで色紙には、「天馬行空 棋聖・王将 佐藤康光」とある。

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