『前田九段の毒にも薬にも......』その4「九州研修会・前編」/「懲りない性(さが)」

 私は2024年(令和6年)の11月から新しく「九州研修会」の幹事に就任しました。将棋ファンの多くは「奨励会」はご存じでも、「研修会」という呼び名にはピンと来ないかもしれません? 今回はそのお話です。

 将棋の棋士を目指すには、基本的にまず養成機関に入らなければいけませんが、その養成機関の名前を「奨励会」と呼んでいます。一番下のクラスが6級で、棋力が上がるに連れ5級、4級と進み、1級の次が初段となり、奨励会の最高位は三段になります。三段を卒業すると四段となり、そこから晴れて棋士となるのですね。プロの段・級位はアマチュアのそれと違い、6級でだいたいアマ四~五段の実力があります。

 その奨励会への入会は、1年に1回しかない入会試験を受け(例年8月)、それに合格しないといけないのですが、お陰様で最近は将棋が注目され、昨今は受験者のレベルが向上!!

 合格するのはなかなか大変なんです。昔は棋士を目指す人は少なく、一応、形だけの入会試験はするものの、希望する人は誰でも入会できました。たぶん、当時の私が今、受験したら落ちるのではないでしょうかしら。

 で、入会試験に不合格になると次のチャンスは1年後となるのですが、伸び盛りの時期に丸々1年のブランクは"つら過ぎるンではないかい?"という雰囲気が徐々に醸成されていったのです。まっ、年に1回、一発勝負の試験では、たまたまその日の出来が悪く、実力を十分に発揮できない人も当然いたでしょうからネ~。

 そこで奨励会以外に棋士を目指す少年少女のために、「修業・鍛錬の場を別に設けたらどうか」との声が強くなり、「研修会制度」の発足となったのであります。

 研修会は奨励会の下に位置する会で、研修会への入会は、いわば随時。月に2回、開催される例会に来ていただき、そこで「棋力判定の試験」を受けるだけです。この試験は"落とすための試験"ではなく、棋力を見定める試験ですので、プレッシャーを感じる必要はありませんヨ。研修会の棋力は、下からF2/F1以下、E・D・C・B・A(それぞれに1と2がある)のクラスに分かれていますので、そのどのクラスに該当するかの試験なんです。ちなみに、F2クラスでアマ二段の棋力です。

 入会後、規定の成績を上げてA2のクラスに昇級すると、自動的に奨励会の6級に編入する資格を得ることができます。ちなみに女性の場合、B1のクラスに昇級すれば、女流棋士としてのプロデビューも可能です(肩書は「女流2級」)。

 なお、研修会は全国に6カ所、北から「北海道」(札幌)、「東北」(仙台)、「関東」(東京・将棋会館)、「東海」(名古屋)、「関西」(関西・将棋会館)、「九州」(博多)にあります。事前申し込みなど、詳しくは将棋連盟のホームページをご覧ください。
https://www.shogi.or.jp/match/training/

 前置きが長くなりましたが、さて、「九州研修会」の会場は福岡県の博多にある「電気ビル共創館」の一角にあります。

*福岡市中央区渡辺通り2-1-82
 電気ビル共創館「3階カンファレンス(和室)

 「電気ビル共創館」はその名の通り「九州電力グループ」に属しています。私が最初に研修会員の指導で、このビルを訪れたのは2012年(平成24年)でした(その時はまだ幹事ではなく、棋士の派遣業務としてでした)。JR博多駅前からバスに乗り、「渡辺通り一丁目・電気ビル共創館前」で下車。初めて「電気ビル共創館」に足を踏み入れたわけですが、あまりの豪華さにビックリ! 世の中、本当に「お金というものは、あるところにはあるものなンですネェ~」、というのが第一印象でした。

 日本将棋連盟は長年に渡り、「九州電力グループ」に一方ならずお世話になっております。例えば、「タイトル戦の後援&協力」・「大会の後援&協賛」・「将棋センターの開設」等々。もちろん、「九州研修会」への会場の提供もそのうちの一つで、「九州電力グループ様、誠にありがとうございます!」と言うしかございません、ナンです。

 お陰様で現在、九州研修会には31名の会員が在籍、修行・鍛錬に励んでおります。年齢は10歳から23歳ぐらいで、棋力はアマ三段から五段ぐらいでしょうか。幹事は常勤が3名おり、中田功八段・関口武史指導棋士六段と、不肖、私、前田が務めております。ほかに、常勤ではありませんが、東京から深浦康市九段(長崎出身)・高崎一生七段(宮崎出身)・佐々木大地七段(長崎出身)」の3名がおり、忙しい対局の合間を縫って時々、指導に駆けつけてくれます。

 幹事は研修会員と「駒落ち」で指導対局を行います。手合いは四枚落ちからで、二枚落ち・飛香落ち・飛落ちの4種類。「角落ち」と「香落ち」はありません。

 これらの手合いなら"プロ九段(の私)にはラクなものだ"、と感じる読者サンもいるのではないかしらネ? でもね、実は私にとってはタイヘンなんダス、雨ダス。

 いかんせん相手は、"将来は棋士だ!"という超若手ですからね~。コチトラは間もなく後期高齢者。ナンといっても気合いもカロリ―も血圧も違うのですヨ。加えて、ほかの幹事の先生方と違い、私はヘボ将棋。いつも研修会員にボコボコにされ、負けてばかり。私の方が教わっているンじゃないの? と感じるほど大変なんです。どっちが指導しているのやら......トホホホホ~。

 例えば、先日の例会。第1図をご覧ください。これは二枚落ちの対局ですが、一般的な定跡である「二歩突き切り」定跡とは違い、下手が四間に飛車を振ってきた将棋です。

【第1図は△8三金まで】

 こういう将棋、実は上手には願ってもない進行なのです。理由は、上手陣の金銀4枚が働くから(通常の定跡では上手陣の左の金・銀が働かない。参考図を参照)。よって、「この将棋はいただきシャン麵!」と思ったのですヨ。第1図から、▲7七桂△4二金▲6五歩△同歩▲同桂△同桂▲同銀△6四歩▲5六銀△4四歩▲6六角と進んで第2図。

【参考図は△8四歩まで】

【第2図は▲6六角まで】

 ここで......私は事の重大さに気付いたのでありました。第2図から、下手には▲8六歩~▲8八飛~▲8五歩という攻めがあるじゃアーリマセンか! これ、8四の地点の勢力が超人手不足。単純に駒の利きの数が違う、つまり8筋が受けづらいのです。さすが、研修会員の構想力、恐るべしでした。

 第2図以降、まだ手数はかかりましたが、結果は一方的に吹っ飛ばされた感じ(投了図をご覧ください)で、いつものように"またも負けたか八連隊"になったのでした。

【投了図は▲7五角まで】

 通常、将棋は負けてばかりいると精神面のダメージが強く、健康に悪い影響があるものです。ただ、幸いなことにすでに私は引退した身。現役の棋士ではないため、負けてばかりでも健康面の心配をする必要はありません(でもネ、たま~~~に勝つこともあるンです。強い研修会員の面々ばかりですが、ごくごく稀に"手を滑らす人=ウッカリ星人"もいますからネ)。 将棋は勝ち負けを争うゲーム、「勝てば嬉しい・負ければ悔しい」もの。そういう気持ちが私の健康面で"大いなる危機"として始まるのは、負けたときではなく、局面が好転したときです。

 振り返れば約40年間、将棋の勝ち負けでご飯を食べて来ました。そのため、「勝つこと」への渇望&執着は今でもとても強いと感じています。孫のような研修会員を相手にムキになってもしょうがないのですが、特に局面の好転に伴い、長年の習い性、つまり、どうしてもこの将棋を勝ちたい、勝って相手の悔しがる顔を見てみたいという思い・感情が現れるのです。

 手ごわい研修会員を負かすには、錆び付いた脳味噌をフル回転させなければいけません。心臓は激しく脈打ち、大量の血液を脳味噌に送り込むため血圧は急上昇します。健康のことを考えると、「弱った心臓・もろくなった血管」を酷使するなどもってのほか。でも、でも勝ちたいンですよネ......老いてもなお勝負師、性(さが)は消えず、かしらン......。

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