将棋地口・第12笑 『あっ! と言ったがこの世の別れ』

今年も猛暑が生まれ故郷の南の島に帰り始めました。それにしても、一年が文字どおり飛んでいくように過ぎていきます。そう感じるのは歳を取ったからでしょうか?

秋になっても私の棋力は相変わらず伸びず、それが変わらなかったのが残念なところ。将棋クラブの席主としていかがなものかと思うのですが、来年の今ごろもきっと、同じことを言っているに違いありません。

「世の中IoTとかなんとか言ってますけど、それで僕の棋力がグンと伸びれば、すぐになんでもネットに繋いじゃうンですけどね~。アリャマァ、敵は世の中の動きと関係なく、ドンドンやってくるネェ~」

部屋の中央で、愚痴めいた独り言を言いながらシューさんと呼ばれる人が指しています。岩渕修アマ四段。いつも楽しい会話と一緒に指している人で、その明るさと人懐(ひとなつ)っこい性格で親しまれているクラブの人気者です。シューさんの話は私の今の心理状態と同じと感じ、シューさんにいつも以上に親近感が湧いて、磁石に引き寄せられるように対局を観に行ったのです。

「なかなかカンタンには勝たせてくれない相手で、困っているんでありますヨ。もっとラクな人と当ててほしいと席主には言いたいのですが、ここで何かいい手はございませんでしょうか」

シューさんは誰に言うとなく、ボソッとつぶやきながら、盤面を凝視しています。形勢は、まだなんとも分からない状況で、中盤戦の駆け引きが丁々発止と展開されているところ。乱戦調の将棋ですから、一手の油断が運命を分けるといった感じです。

「私がシューさんにアドバイスできるようなら、苦労はないんですけどね」

同じように盤面を見ながら言うと、

「いえいえ、だいぶお強くなられましたですヨ。これが終わったら飛香落ちでもやりましょうか?」

シューさんはいつものようにやさしく声を掛けてくれましたが、もとよりシューさんはとても教え上手なのです。お仕事が進学塾の先生ですから、当然といえば当然で、彼に面倒を見てもらっている級位者はけっこういるのです。

「はい。いいのか悪いのか、今日はお客さんも少ないので、ぜひお願いします」

私はこれ以上、隣にいては邪魔になると思い、そう言って受け付けに戻ることにしました。お客さんと私が指すのは、ごくたまにのことですが、せっかく教わるのですから気持ちを集中させ、シッカリ考えて指そうと気を新たにしたのです。集中力を欠いては教わる意味がなく、単なる時間潰しになってしまいますからね。それではますます、世の中に置いていかれてしまいます。ただ、シューさんと指すと、つい話の面白さに気を取られてしまうのが悪いクセ。

と思ったときです。私の悪いクセがシューさんにも飛び火したのでしょうか、どうやら大きな見落としが出たようなのです。図(▲3六歩)の局面から3手後、シューさんから大きな声が発せられました。

「あっ! と言ったがこの世の別れ!」

【図は▲3六歩まで】

*図の▲3六歩は、悪手でした。シューさんは馬を自陣に引いて使おうと、ナンとなくフラフラッと指してしまったようです。

ところが、すかさず後手に△6四馬(参考図1)と寄られ、そこで▲3七馬と受けたものの、△8六歩(参考図2)と突かれて事の重大さに気がついたのでした。

【参考図1は△6四馬まで】

【参考図2は△8六歩まで】

参考図2の△8六歩は好手。これに▲6四馬は、△8七歩成(参考図3)で、先手陣は壊滅。また、▲8六同歩は△同馬とされ(次に△6八馬▲同飛△8九飛成の狙い)、▲7八金△8七歩▲9八飛△7六馬で、後手だけが指していることになります。

【参考図3は△8七歩成まで】

よって、参考図2でシューさんは▲7八金と頑張りましたが、以下、△8七歩成▲同金に△同飛成が強手で、▲同飛△8六歩▲8八飛△3七馬▲同桂△8七金(参考図4)となり、後手の強襲が決まったのでした。

【参考図4は△8七金まで】

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