将棋地口・第11笑 『金桂香は唐の鶏!!』

「まったく暑いね~。毎年、暑くなる気がするね~」

「ほんとほんと、でも俺の将棋はサ、寒さを感じるのよネ~。まるで北極だよ」

まだお盆を過ぎたばかりですから、この先、一カ月は暑さが続くと思いますが、当将棋クラブでは毎日、こうした会話が交わされています。

いつもは、"風呂屋の釜"だか"蕎麦屋の釜"だか分かりませんが、冗談や駄洒落ばかり言って元気に指している常連さん達も、さすがにこの暑さにはまいっているようです。

こんな感じでは、今日はこのコラムのネタは拾えないナ、などと思っていると、救世主という人は実際にいるもので、ネタの宝庫がやってきたのです。

「いや~、まいったタヌキの王手飛車。今日はスッカラカンにやられてしまったダルマの日だ」

ノッケから訳の分からない駄洒落を言って入ってきたのは、松健さんこと松居健司アマ四段でした。はっきり聞いたことはありませんが、お歳のころは60を少し過ぎた辺りで、お仕事はもうとっくに息子さんに任せて悠々自適の生活。将棋のほか、競馬と麻雀が大好きな、とても陽気な人です。

 

ちなみにさっきの"まいったタヌキの王手飛車"というのは単なる語呂合わせで、"ダルマの日"は、手も足も出ないという意味です。

「相変わらず元気で、羨ましいかぎりですね」

 

と言うと、

「これでも苦労はあるのヨ」

と、ちょっとシンミリとした調子で言われたのは意外でした。

「今日は日曜ですから、今まで競馬だったのですか?」

私はてっきりそうだと思って聞いてみましたが、そうではなく、

「いや、中国古典文化研究会の方ヨ。珍しく役満振り込んじゃって、ひどいのひどくないのって」

松健さんのシンミリの理由が少し分かりましたが、それでメゲル人ではありません。手合いが付いて将棋が始まると、もう元の明るい性格に戻っていたのです。

「せめて将棋は振り込まないようにしないとナ」

などと言いながら早指しで飛ばし、あっという間に終盤戦に突入。もっとも、相手のアマ三段氏も常連さんですから松健さんの性格は百も承知で、気前よく早指しのペースに乗ってあげたのが"あっという間"の理由でもあります。

しかし、そういう展開は松健さんが一枚上手のようで、図の局面になったとき、アマ三段氏は△3五金と合駒をしたのですが、それを見て松健流の地口一発が得々と発せられたのです。

「金桂香は唐(から)の鶏!!」

この地口は、中国原産のキジの一種、錦鶏鳥(きんけいちょう)という鳥の名に掛けたもので、古い将棋ファンにはお馴染みのもの。錦鶏鳥の雄は、赤と黄色など派手な色彩をしていますので、写真を見れば皆様もすぐに分かると思います。

図から、松健さんはムンズと合駒された金をむしり取り、金・桂・香三枚の駒をまるで麻雀牌1面子のように駒台にきちんと並べ、胸を反らせました。その姿は、まさに見栄を切る歌舞伎役者そのものでした。

「金桂香は唐の鶏」の地口は久しぶりに聞きましたが、これで1回分の原稿はできたも同然。私は松健さんに心でお礼を言っていました。が、収まらないのは相手のアマ三段氏。かなり熱くなって、こう言ったのです。

「何が唐の鶏だヨ。つられてペースに乗ったこっちは、大和(やまと)のダルマだ!」

【図は▲4六馬まで】

*図から△3五金(これで先手の詰めろが消える)▲同桂と進んで参考図1となり、松健さんの持ち駒は、金・桂・香の三枚になりました。ここで「金桂香は唐の鶏」の地口が発せられるのですが、昔はこの地口を言いたいがために、あえてこの三枚の駒を集める人がいたものです。

【参考図1は▲3五同桂まで】

参考図1からは、△3五同歩▲2五歩△1三玉▲3五馬(参考図2)と進み、松健さんの勝ちになります。

【参考図2は▲3五馬まで】

なお、図で△3五角の合駒は、▲同馬△同歩▲1六桂△1三玉▲2二角△1二玉▲1三香(参考図3)までの詰みです。

【参考図3は▲1三香まで】

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