将棋地口・第7笑 『大岡越前タダ捨ての守』

着物が袷(あわせ)から一重(ひとえ)に変わる季節を迎えています。もっとも最近は、着物を着る人が少なく、更衣(ころもがえ)といってもその趣や情緒はほとんど感じられなくなってしまいました。どことなく寂しい思いがするのですが、そういう私も普段、仕事以外では当然、洋服で過ごしている口。柄にもなく、ただ感傷だけを口走っているわけです。でも、できれば毎日、着物で生活したいナと思っている方でして、それだけに感傷も深いものとなっているのです。

今しがた、"仕事以外では"と言いましたが、私が席主をしている将棋クラブにいるときは作務衣(さむえ)を着ていて、自己満足ながら多少、私のオセンチな気持ちを和(なご)ませています。

今日のそれは、いい風合にかすれたねずみ色。多少、年季が入ったものとなっています。

「いつも思うのですが、席主がそうした格好でいてくれると、落ち着いた雰囲気が生まれますね」

「えっ、そうですか? いや~そんなつもりで着ているんじゃないですけどネ。ただ動きやすいだけで......」

「ご本人はそうかもしれませんが、将棋はやっぱり和のものですから、客の方から見ると、そうした格好が好ましく映るんですよ」

お客さんから、まったく思いもしなかったお世辞を言われましたが、実際、お客さん同士の間でもそう感じている人が多いようなのです。ちなみに当クラブでは、駒こそプラ駒ですが、盤は本榧の三寸、駒台も本榧の仕立てとなっています。ですから、クラブというより道場といったイメージがして、お客さんもそれを楽しんでいる雰囲気があるのです。

今日も、エイッとかヤッ~といった時代劇の立ち回りのような声が聞こえています。

「どうだ、これで。まいったなら、そう言うのが武士だ。早く言え!」

相手に無理強いしていたのは、アマ三段のソド~さんでした。今、図の局面を迎え、捨て駒の技を放ったところ。ソド~さん得意の場面で、大見得を切る、という図です。

相手は予期しなかったのか、しばし盤面を見つめていましたが、ほどなく諦めを伴ったニュアンスでひと言、駄洒落をいったのです。

「そ~か、大岡越前タダ捨ての守か」

この地口(じぐち)はそんなに古いものではなく、また、広まっているものでもないので、おそらく当クラブだけのものかもしれません。江戸時代の名奉行の名にかけたものですが、彼の正式名は大岡越前守忠相(おおおかえちぜんのかみただすけ)ですから、この地口は"大岡越前守タダ捨て"というのが正しいかもしれません。しかし、それは瑣末なこと。ソド~さんはご機嫌な調子で言葉を重ねていきました。

「そう! タダ捨ての守であるゾ。そこのけそこのけお馬が通るだ。皆の者、控えおろ~!」

ソド~さんは、なんとも人情味のないお裁きの大岡様でした。

【図1は▲2四金まで】

*図から、△2四同玉▲2五飛△1三玉▲2三飛成△同玉▲2一竜△1三玉▲2二竜(参考図1)まで、後手玉は詰み。

【参考図1は▲2二竜まで】

なお、△2四同玉の手で△2四同歩は、▲2三飛△同玉▲2一竜△1三玉▲2二竜(参考図2)までの詰みです。

【参考図2は▲2二竜まで】

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