ライター松本哲平
認め合う2人が2日制で激突 ALSOK杯第74期王将戦七番勝負展望
ライター: 松本哲平 更新: 2025年01月10日
2025年最初のタイトル戦、ALSOK杯第74期王将戦七番勝負が開幕する。王将3連覇中、七冠を保持する藤井聡太王将に挑むのは永瀬拓矢九段。普段から練習将棋で腕を競い、実力を認め合う2人が初めて2日制で激突する注目のシリーズだ。永瀬の王将挑戦は渡辺明王将(当時)に挑戦して敗れた第70期以来、4期ぶり2回目。藤井は王将4連覇と谷川浩司十七世名人の記録に並ぶタイトル獲得27期を、永瀬は王将初戴冠と無冠返上をかけた戦いになる。
2023年に藤井が八冠独占を達成した際、王座を保持する永瀬が最後の砦として立ちはだかったことは記憶に新しい。昨年の王座戦は永瀬が挑戦者として五番勝負の舞台に戻ってきたが、藤井が3勝0敗とストレートでの防衛を決めた。前年のリベンジは果たせず。だが、永瀬は燃え尽きてはいなかった。王座戦五番勝負と並行して始まっていた王将戦挑戦者決定リーグ戦で5勝1敗の成績を収め、西田拓也五段とのプレーオフに持ち込む。
永瀬にとって西田五段はリーグ戦で唯一の黒星を喫した相手である。実績は圧倒的に永瀬が上だが、西田五段にも勢いがあり、勝負がどう転ぶかはわからない。大一番のプレーオフは西田五段が先手番で三間飛車に振り、永瀬は居飛車穴熊で対抗した。
写真:睡蓮
ALSOK杯第74期王将戦挑戦者決定リーグ戦プレーオフ
【第1図は▲7二歩まで】
印象に残った局面が上の図だ。次は▲7一歩成~▲8一とと桂を取って端攻めに使う順があり、後手が焦らされている。平凡に指すなら戦力を蓄える△9八馬だが、実戦の△4四銀が手厚い一手で永瀬調だった。以下は▲1三歩△同香▲7一歩成△3五歩と進行。急所の端を守りながら先手の大駒2枚の働きを弱め、さらに△9八馬、△6五馬、△1二香と着実に力をためて端の逆襲が決定打になった。充実を感じさせる堂々の指し回しで年度内2回目のタイトル挑戦を勝ち取っている。
迎え撃つ藤井は昨年6月に叡王を失冠して八冠独占は崩れたものの、そこから棋聖・王位・王座・竜王と防衛を果たして七冠を堅持。相変わらずの恐るべき勝ちっぷりというほかない。特筆すべきは先手番での勝率の高さで、今年度に喫した黒星は伊藤匠叡王から2敗(叡王戦五番勝負)、丸山忠久九段から1敗(銀河戦決勝)の3敗のみ。12月に行われたSUNTORY将棋オールスター東西対抗戦決勝では、永瀬自身が解説で「藤井さんの先手番に勝てる棋士は限られている」と話している。
対戦成績は藤井18勝、永瀬7勝。昨年は2月の朝日杯将棋オープン戦決勝という大舞台で永瀬が勝って借りを一つ返したが、王座戦五番勝負では前述したように藤井がストレート勝ちを収めている。今回のポイントは持ち時間8時間の2日制という舞台設定になるだろう。複数の棋戦で経験豊富な藤井に対し、永瀬は今回が2回目。封じ手を含む2日制ならではの駆け引きでは藤井に一日の長がある。
2日制における藤井の精度の高さは際立っている。直近の佐々木勇気八段を挑戦者に迎えた竜王戦七番勝負では、佐々木八段の研究に苦しみつつも第6局で防衛。七番勝負ではいまだフルセットに追い込まれたことがない。前期の王将戦七番勝負を思い起こしても、挑戦者の菅井竜也八段は叡王戦五番勝負で藤井と好勝負を演じたが、王将戦では藤井が4勝0敗と完勝。改めて藤井の2日制の強さが浮き彫りになるシリーズだった。永瀬は向かい風といえる状況でどのように突破口を見つけるか。まずは第1局と第2局、先手番と後手番で用意している作戦が気になるところだ。
永瀬は挑戦を決めたときのインタビューで、藤井との練習将棋について「直前じゃなければお願いしたい」と話していた。勉強熱心な永瀬らしいが、この熱意に藤井がどう応えたか、盤外の動向も楽しみだ。藤井のタイトル戦不敗神話は伊藤叡王に破れられたが、2日制タイトル戦の不敗記録は継続中。将棋界の勢力図が動くか否か、一局一局に注視したい。
写真:玉響