第72期王座戦五番勝負展望

第72期王座戦五番勝負展望

ライター: 生姜  更新: 2024年09月02日

 第72期王座戦五番勝負がいよいよ開幕する。あの激闘から早1年。将棋の神様はもう一度見たいと待ち望んでいたかのように、前王座をその舞台に差し伸べた。永瀬拓矢九段。王座戦五番勝負で戦うのは6年連続となる。かつて昭和の中原誠十六世名人や平成の羽生善治九段が刻んだ数字を目指すかのごとく、令和の王座戦といえば永瀬、といえる存在と化している。迎え撃つのは、藤井聡太王座。前期の五番勝負を制して前人未到の八冠制覇を達成した。

 まずは藤井聡王座について、恐縮ながら筆者の見解を記したい。最近のタイトル戦は本調子でないように思うのである。6月に伊藤匠叡王に叡王戦五番勝負で敗れ、渡辺明九段との王位戦七番勝負ではスコアこそ勝っているが薄氷の内容であった。タイトル戦においてかつてほどの圧倒的な差は無いのではないか。具体的には序盤でリードを奪うことが少なくなった。それは言い換えれば、挑戦者たちの並々ならぬ研鑽が垣間見えるのである。しかしそれも杞憂だった。王位戦は立て直して見事防衛を果たす。今までも藤井の調子が落ちたといわれた時期はあったが、それをバネにして成長を遂げてきた。

 もちろん、打倒藤井に燃えているのは永瀬九段もそうだろう。ある意味では真打ち登場といっていい。永瀬九段といえば序盤研究に精通し、膨大な準備量を持って対局に臨むことで知られる。もちろん序盤だけが強いのではない。前期五番勝負第1局では、難解な中盤戦で1歩抜け出し、後手番で勝利を収めていた。その内容を目にして藤井危うしと思ったファンも多かったのではないか。

第72期王座戦挑戦者決定戦

 本稿では今期の挑戦者決定戦、羽生善治九段との戦いを振り返りたい。

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写真:八雲

【第1図は▲3五歩まで】

 先手が▲3五歩と突っかけたところ。△3五同歩▲2六銀△3四銀▲5六歩△4三金右▲6八角△3六歩▲3八飛△4五歩▲3六飛△4四金と進んだ。この手順は前例のある定跡なのだが、永瀬九段はすべて約1分の早指しだった。すでに整備された道ではスピードを出し、中終盤の難解な戦いで安全運転するのが自身のスタイルだ。

【第2図は△4四金まで】

 ▲3五歩△4三銀▲3七桂△7三桂▲4六歩△同歩▲同飛に△5四金が柔軟な金寄り。これで意外に先手の攻めがうまくいかない。気づけば永瀬九段がリードを奪っており、そのまま手堅く勝ちきった。振り返ると先手の仕掛けがどうだったかという結論になるのだが、対局中に修正するのは困難極まりない。本局の将棋が永瀬九段にとって理想の展開といえる。

第71期王座戦五番勝負第4局

 続いてもう1局。やはり、前期の五番勝負も振り返らねばならないだろう。永瀬ファンにとっては胸が痛いシーンかと思うが、第4局の最終盤を取り上げたい。

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写真:飛龍

【第3図は△5五銀まで】

 この銀打ちは藤井の覚悟がうかがえる勝負手。後手玉は▲4二金△同金▲同成銀△同玉▲5二飛から詰みがあるのだ。藤井もわかっていたと思われるが、それを承知で△2二玉といった延命手段を選ばず、詰ましてみろと踏み込んだのが、数値や理屈を超えた術だった。まさしく勝負師である。実戦は▲5三馬としたので△2二玉で詰まずに逆転した。永瀬は上記の▲5二飛がエアポケットに入っていたのだという。勝ちを逃してからの永瀬は、全身で悔いと無念を露わにした。その姿に多くのファンが胸を打たれた。あの激闘から早1年。今年はどんな震える勝負を見せてくれるのだろう。

 戦型については、相居飛車を中心に回ることは間違いない。まずは永瀬九段の作戦に注目である。角換わりが本命。雁木の可能性も高い。また、挑戦者決定トーナメント準決勝では、師匠的存在である鈴木大介九段との戦いが話題を集めた。その思いを受け継いで、どこか1局、振り飛車のスピリットを見せるのではないかと予想する。元々の永瀬九段は振り飛車党だ。一間飛車や、ノーマル振り飛車の出だしから雁木や右玉に戻す相居飛車力戦系の将棋が候補。それらを藤井聡王座がどう切り返すか。恐らく相手の注文に対しても堂々と立ち向かうだろう。初見で急所を捉える能力も非常に高いため、未知の局面でも容易に崩れないはずだ。

 五番勝負のスコア予想は難しい。筆者としては前年以上のドラマを、つまり第5局での決着を見てみたい。いやいや、5局といわず、10局でも100局でも両者の対戦を見てみたいものである。第1局は9月4日(水)に神奈川県秦野市「元湯 陣屋」で行われる。歴史ある舞台で、歴史に残る名勝負を。

生姜

ライター生姜

1993年生まれ。将棋連盟モバイルを中心に活動する中継記者。2018年現在は最年少の記者。棋士の食事注文に肉生姜焼き定食があると反応する。

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