チーム糸谷VSチーム菅井 第4回ABEMAトーナメント~本戦2回戦 第三試合振り返り~

チーム糸谷VSチーム菅井 第4回ABEMAトーナメント~本戦2回戦 第三試合振り返り~

ライター: 紋蛇  更新: 2021年08月25日

 8月21日(土)にABEMAで放映された、お〜いお茶presents第4回ABEMA本戦トーナメント2回戦第三試合、チーム糸谷「FREE STYLE」(糸谷哲郎八段、山崎隆之八段、服部慎一郎四段)とチーム菅井「一刀流」(菅井竜也八段、郷田真隆九段、深浦康市九段)の戦い。勝ったチームはベスト4に進出する一番だ。
 第1局は山崎と郷田のオーダーになり、チーム糸谷の先手で始まった。まずは第5局までの結果をまとめよう。

第1局 山崎◯-●郷田
第2局 服部◯-●深浦
第3局 山崎●-◯菅井
第4局 糸谷●-◯菅井
第5局 服部●-◯郷田

 チーム糸谷が2連勝スタートを決めるも、リーダーの菅井が巻き返し、郷田も続いて逆転に成功する。3連敗と悪い流れのなか、第6局に糸谷は自らを指名した。

【第6局 糸谷哲郎八段-深浦康市九段】

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  深浦は予選から苦戦が続いており、早く初白星を挙げたいところ。本局は糸谷の得意戦法、一手損角換わりを牽制し、雁木系から糸谷の無理な動きをとがめて優勢になった。このまま深浦が押し切るかと思いきや、糸谷の逆転術が見事だった。

【第1図は▲8二飛まで】

 第1図は▲8二飛と打ったところ。糸谷は△4一玉!と引いた。代えて△6二歩と合駒するのは▲6三歩成△同玉と危険地帯におびき寄せられたり、▲9七香と手を戻されたときに△6六歩と打てなくなるので、攻防ともにジリ貧と判断したのだろう。

 実戦は△4一玉以下▲2四歩△同歩▲6三歩成△8八銀▲6九玉△2三銀▲8一飛成△6一歩(第2図)と進む。

【第2図は△6一歩まで】

 2筋の突き捨てから▲6三歩成は、▲2三歩を絡めて寄せる構図だ。それを逆用するかのように△2三銀の銀冠構築で玉の逃げ場所を1筋まで確保し、△6一歩の中合いが何とも嫌らしい。▲同竜は△5一金▲5二と△3一玉▲5一とで、後手玉を「王手は追う手」で逃し、△9四角で竜と金を狙われる手がちらつく。△6一歩の局面はまだ先手がよいものの、時間がないなかで粘られるとプレッシャーがかかる。深浦は△6一歩に残り11秒まで考えて▲4三桂△同金▲5二銀と激しく追い込むも、糸谷はのらりくらりとかわして最後は大逆転に成功した。

 終局直後、インタビューで深浦は次のように答えている。

 「泣きたい気持ちです。もうちょっとでしたよね」 「(勝ったと思っても)そこから何かやってくるのが糸谷流なので、もう一段階ギアを上げて、待ち構えていないといけなかったですね」  チーム戦なので、責任感があればあるほど、黒星は自分自身に重くのしかかる。第一声の「泣きたい気持ちです」と率直に語ったあたりに、深浦の無念さがよく表れていた。

 糸谷将棋について、先崎学九段は「彼の基本線は時間攻めなんだ。プロの時間攻めは相手に考える時間を与えないんじゃない。相手を焦らせるのが、プロの時間攻めです」と評している(『先崎学&中村太地 この名局を見よ!21世紀編』マイナビ出版、2018年)。

 △4一玉からの指し回しがそうだった。危ないはずの玉がヌルヌルとし、なぜか追い込まれたのは優勢の先手である。あの深浦を焦らせるような粘りを繰り出した、糸谷の凄みが光った。

【第8局 糸谷哲郎八段-郷田真隆九段】

 タイで迎えた第7局は、山崎-菅井。対局開始前からともに上着を脱ぎ、山崎に至ってはワイシャツの袖をまくって気合十分だった。第3局とほぼ同じ作戦と互いの意地がぶつかり合うも、菅井が終盤で絶品の指し回しを見せて山崎をくだしている。

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 終局後のインタビューで、山崎は「これで戦犯は確定した」「私の親以外はそういうでしょう」と自嘲する。後がない第8局のオーダー会議でも止まらない自虐に、阿吽の呼吸で糸谷が厳しくも温かい?突っ込みでムードを和らげた。

 糸谷「(身内なんだから、むしろ遠慮なく)親のほうに戦犯といわれませんか」 山崎「なるほど。じゃあ(親も含めて)全員に......。私が戦犯なので」 糸谷「というわけで、(次局は)私が行って参ります。負けたら一緒に戦犯になりましょう、先生!」

 あと1勝に迫ったチーム菅井は、郷田が登場する。ほどよい緊張感と余裕があったようで、作戦会議で深浦から「糸谷さんが勝負手を放つタイミングは呼吸がなくなるので。息を吸ってばーんと」といわれると、「それを感じている余裕があるかどうかですけど」と笑っていた。

 郷田は3手目▲6六歩から糸谷の得意戦法の一手損角換わりを拒否し、矢倉と雁木系の戦いに進む。角道を止められなくとも、糸谷はもともと雁木系を予定していたようだ。玉飛接近の悪形から先攻するも、郷田が的確な反撃でリードを奪う。

【第3図は△6七銀まで】

 第3図からわずか4秒で指した▲2二歩が筋中の筋。△7八銀成▲同金△6七金と食いつかれても、▲2一歩成△7八金▲同飛△6七歩成に▲5三銀△同玉▲6四角△6三玉▲5三金から詰ましにいけばよい。実戦は▲2二歩に△同金と辛抱したが、▲5三銀△同玉▲6四角△6三玉▲5三金△7二玉▲7四銀から一気に寄せきった。銀2枚の質駒が大きい。最後は糸谷相手に4分53秒も残して勝った。

 チーム菅井は予選のリベンジを果たした。菅井の3連勝、第3,4回の通算成績が14勝4敗(勝率は0.778)は、さすがリーダーの貫禄といったところだろう。次の準決勝も力強く引っ張っていきそうだ。

 チーム糸谷は残念ながら敗退となった。リーダーの糸谷が3局すべて後手番を引き受けたのに加えて、わずかな様子の違いからメンバー同士で機微をくみ取り、チームを盛り上げていく姿が印象的だった。例えば、第1図の△4一玉に、糸谷は残り時間3分27秒から26秒を使っている。モニタを見ていち早く△4一玉の勝負手に気づいた山崎は「ノータイムで見えていないっていうのは、本調子じゃない」と語り、第8局の作戦会議で郷田戦に臨む糸谷に「(深浦戦は)手が見えていなかった感じでしたけど、(結果は勝ったため)さっきので復活している」とエールを送っていた。一緒に過ごしてきた時間が長いからこそ、かけられる言葉だろう。その二人のやりとりに自然と溶け込んでいた服部も含めて、世代を超えた厚い信頼関係が伺えるチームだった。

【総合成績】

第1局 山崎◯-●郷田
第2局 服部◯-●深浦
第3局 山崎●-◯菅井
第4局 糸谷●-◯菅井
第5局 服部●-◯郷田
第6局 糸谷◯-●深浦
第7局 山崎●-◯菅井
第8局 糸谷●-◯郷田

総合「FREESTYLE」3勝 ― 5勝「一刀流」

【個人成績】

糸谷八段 1-2
山崎八段 1-2
服部四段 1-1

菅井八段 3-0
郷田九段 2-1
深浦九段 0-2

 次週は本戦トーナメント2回戦第四試合。予選Aリーグ1位のチーム藤井「最年少+1」と、予選Dリーグ2位のチーム広瀬「早稲田」がぶつかる。8月28日(土)17:00~の放映をどうぞお楽しみに。

ABEMAトーナメント

紋蛇

ライター紋蛇

2012年より、ネット中継に携わる。担当局で一番長い中継が2013年3月の第71期順位戦C級1組の森けい二九段-近藤正和六段戦で、持将棋の末指し直しとなり、終局時刻は翌日の朝5時40分。「中継は体力だ」と痛感している。

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