折り返し地点より愛をこめて――千葉幸生七段

折り返し地点より愛をこめて――千葉幸生七段

ライター: 千葉幸生  更新: 2020年12月21日

 おでんがおいしい季節となって、あれこれと大変だった2020年も終わろうとしている。
春先に5年生になったばかりの長女と草餅を作ったことも、今ではなんだか懐かしい。ヨモギの茹で汁は鮮やかな緑で、完成した草餅は実にうまかった。
10月には棋士になって満20年をむかえた。何を隠そう、20世紀最後の三段リーグで昇段したのがこの私、千葉幸生なのである。ででーん。ザ・ラストサムライ。

「地道に歩んで20年」

そんなわけで20年。21才の青年が、立派なお父さんになりました。対局を無遅刻無欠席で過ごしてきたのはささやかな誇りである。ほんとにささやかですけど。
ついでに年度成績で負け越しなし、というのもある。無遅刻無欠席無負け越しという早口言葉が作れそうだ。ちなみに今年度は執筆時11月現在、10-10の指し分け。じゅうじゅう焼き定食で、記録継続に黄信号である。途切れる前にアピールしておこうという、渋い作戦なのであった。

 ということで、胸を張れるような実績もなく地道な棋士人生を過ごしている。今年の実績もキメツの映画を2回観に行ったことぐらいだろうか。よもやよもや。他には草餅作りとか。よもぎよもぎ。
30才前後はそうした自分に焦ったり情けなさを感じたりすることも多かった気がする。理想と現実の不一致は、非常に平凡ながら人生の急所のテーマなのじゃ。

「哲学風対話篇」

 そんな頃、VS相手の西尾(明七段)くんにちらりと胸の内を話したことがあった。「結果を出したいよなあ」と共感を求めるように呟くと、案に反して「結果って何だろうな」と答えを返された。至極冷静な口調で、どこまでいけば結果を残したことになるんだ、というニュアンスの言葉が続いた。
確かにそうだ。本戦に入ること、ベスト4、決勝まで行くこと。昇級を果たすこと。どこまでいってもそこはゴールではない。優勝あるいはタイトルという一つの頂点までたどり着いても、上を目指す以上はまた次の目標が現れることだろう。
漠然と上に行きたいと思うより、ただただ自分の技術を向上させていくことが大事なんじゃないのか。そんな風に言われた気がした。
人と比べても仕方がない、今の自分を受け入れて、自分なりに努力を続けていこう。30代になって自然に焦りは消えていき、落ち着いて将棋と向き合えるようになった。成績もちょっぴりだけ上向いた。

「二人の娘」

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 さて、30代といえば娘たちのことに触れぬわけにもいきますまい。むすめふさほせ、というやつである。
結婚して7年ほど、30代になってすぐに生まれた長女は実にかわいく、時にかわいく、そしてかわいかった。長女が2才のころから、毎週に将棋連盟メルマガコラムを担当していたのだが、娘のことばかりを書いていたものだ。
寝る前にクロワッサン三兄弟の話を聞かせてあげたり、一緒に自転車教室に行ったりしていた彼女も、今では寝っ転がってあらきっぺ氏の現代将棋理論の本なぞを読んだりしている。3手詰めがなんとか解けるぐらいの棋力なんですけどね。なお、クロワッサン~とは、黒羽(くろわ)3丁目を舞台に食パンお父さんやチョコちゃん達が日常を過ごすテキトウ創作物語である。
そして長女から遅れること3年半。生まれた次女はまた実にかわいく以下略。二人の育児は大変だけれど、生活はシンプルになり将棋にも良い影響があったのかなと思う。何より家族の存在は心に安定を与えてくれた。
長女とそっくりの次女に知的面での障がいがあるとわかったのは4年ほど前のこと。この春からは特別支援学校に入学した。肩車が大好きで背中を見せるとすぐに飛びついてくる。笑顔には抜群の威力がある。
最初のころの痛みが消えたわけではないけれど、妻とともに向き合って日々を過ごすうち、だいぶ心の受容は進んできたのかなと思う。何かを抱えているのは自分だけではないということも、最近ようやくわかってきた気がする。家族のこと、体調の不安、人との関わり、様々な挫折。みんな色々と抱えたり背負ったりして、なんでもない顔をして歩いてるんだろうなと。
人と比べても仕方ない、今のままを受け入れて。自分もまた、てくてくと毎日を歩んでいる。

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「道の半ばで」

 41才、棋士として20年。今はちょうど折り返し地点ぐらいだろうか。振り返ると、四畳半のアパートで大山全集を並べていた修行時代が昨日のことのようにも思える。人生は長いようで短いようで、結局どっちなんでしょう。
自分はまだまだ未熟で、それゆえに成長できると思っている。これからも新しい景色を見てみたい。
あれこれと大変だった一年もあと少し。今日のお昼は奮発して、妻とお寿司を食べに行こう。

私のシリーズ

千葉幸生

ライター千葉幸生

1979年2月11日生まれ。2000年10月四段。東京都町田市出身。(故)関根茂九段門下。
妻は千葉涼子女流四段。
食べることが好き。自粛期間中、妻と娘に乗せられて千葉家の料理長に昇格を果たす。あいみょんを聴きながら夕食を作る日々。

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