わたしの近況――野田澤彩乃女流初段

わたしの近況――野田澤彩乃女流初段

ライター: 野田澤彩乃  更新: 2020年11月20日

※バラの写真は本人撮影

 対局室で記録係を務めながら、対局者の姿を見、自然光に照らされ光る盤駒を見つめていたら、突然、今自分がどこにいるのかがわからなくなる時がある。そんな時は、次の一手を読み始めるのだけれど、今のわたしは、長年繋がっていた太い鎖が外れた状況で、その鎖をどのようにするかを考えているところなのだ。盤上の次の一手を読んでいるうちに、視線が対局室を彷徨いはじめ、思考が盤外へと移っていく。

 2020年の新年、「自分との会話を増やす」と目標を掲げた。

 わたしは今、現実と物語の狭間にいて、たまに蜃気楼や陽炎の中にいる気分に陥る時がある。
それはきっと、その物語と現実がリンクした時に起こるのではないかと推測しているのだけれど、例えば、忙しさや、いさかいの渦中にいるときに「私は誰だ」という声がスクリーンから聞こえたら、まるで心の奥底に眠っていた、自分でも気付いていない心の声を代弁してくれたような感覚になり、印象に強く残る。例えば、結果はどうあれ、自分の勘を頼りにすることの多いわたしは、「お前の勘は何を感じている!」と画面の向こう側から怒った声が聞こえれば、わたしまで怒られた気持ちになる。そして、怒られた人とともに狼狽えるのだ。例えば、忘れられない人がいれば、会えない人への想い溢れる物語に出会った時、否応なくその人を思い出す。

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 才能がフィーチャーされた物語に出会えば、自分のいる世界と重ね合わせ、将棋が題材の作品を見れば、日常と重なる。それが現実に近ければ近いほど境界線が曖昧になり、今自分がどこにいるのかがわからなくなる。
 少し前までは、特に。

 なぜなら、新型コロナウィルス対策の影響で、現実世界が、家と映画館と対局室での記録係席で過ごす日々が続き、人と話すことも少なく、入ってくる情報が、現実と、現実との境界線がわからなくなる世界だったから。
 久しぶりに現実で起こっている話を聞いた時には、とても新鮮で、そこからは少しずつ現実世界に戻った。そして聞き手を務めた時、頭の中に将棋モードが戻った。

 とはいえ、今でも物語に浸かる日々からは抜け出せない。今でもわたしは、現実と物語の狭間にいる。

 その傾向が強くなったのは、先に書いたように、東京での新型コロナウィルス対策、STAY HOME期間が大きく影響している。
 STAY HOME期間中、なるべく家にいるように心がけた。わたしも例に漏れず、皆が気持ち暗くなる中、家で出来ることを探した。しかもその時期、ちょうどわたしは、女流棋士引退規定により、棋戦引退をした。将棋連盟のプロフィールでは引退女流棋士となるが、女流棋士という立場からの引退ではなく、棋戦出場資格がなくなるという、棋戦対局からの引退。だから、公式戦での対局が指せなくなる以外、他は変わらない。という話なのだけれど、やはり先は不透明。

 

 将棋の普及もさることながら、公式対局を指すことが女流棋士の要であり、主軸だと考えていたわたしは、今後の身の在り方を考えている時期だった。今まで繋がっていた太い鎖が外れたみたいに、ふわふわとした感覚。そんな時期に、地球上で未曾有の事態が起こり、不安定な状況が増す中、揺れる気持ち。
 けれどそんな中で見つけた気持ち。そこに外れた鎖を繋げられたらいいな、と思った。
 そしてそこには、自他の創る物語があった。例えば映画。例えば小説。

女流棋士として。
 対局のない女流棋士として、次は何が出来るのか。も考えた。
 漂う鎖、その先はどこへ向かうのか。

「ヘボ将棋、王より飛車を可愛がり」

将棋で一番大切なものは、王将。
 けれど、それよりも、強くて要の人気の高い駒を大切にしすぎて、一番大切なものを失う。
 そんなわたし訳の、将棋格言。
 浮かんだこの格言を今日も考えながら、自玉が何なのかを探る。

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それが2020年11月、今のわたしの近況です。

私のシリーズ

野田澤彩乃

ライター野田澤彩乃

1984年1月25日生まれ。埼玉県川越市出身。伊藤果八段門下。
2020年発売「世界一やさしいシナモロールとはじめる子ども将棋入門」企画・協力。
子どもの時好きだった将棋格言は「目から火が出る王手飛車」。
将棋の原点は、小学生時代に出演していた「将棋マガジン(休刊)」での連載「アヤノの挑戦」。
最近のマイブームは、映画を見ること。朗読も習い始め、長年の趣味は、写真と散文書き。
Twitter:@NoA_Color

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