前田九段の〝お目を拝借〞第7手「NHK杯戦優勝(後篇)」

前田九段の〝お目を拝借〞第7手「NHK杯戦優勝(後篇)」

ライター: 前田祐司九段  更新: 2019年10月29日

前田九段の〝お目を拝借〞

第36回NHK杯争奪戦では「大きな好運」の後押しもあり、ベスト8に進出した私。
*第6手「NHK杯戦優勝(前篇)」はこちら

昭和62年(1987年)1月12日、ついに準々決勝の日を迎えます。相手は谷川浩司棋王(現九段)。とても勝てる相手ではありませんし、勝とうという気持ちもありませんでした。普通、ベスト8ともなれば当然、優勝の二文字を意識しますが、相手が相手。この時の私は不思議と、勝負への執着心はなかったのです。ここまで3回、地元、熊本のファンに勇姿を見せられただけで十分でした。

ただ、勝ち負けを意識しない理由は、ほかにもあったのです。その日のスタジオの雰囲気はこれまでと違い、異常にピリピリしていました。

テレビ界には視聴率という、番組の人気度を量る物指しがあります。NHKとしてはそれほど気にする必要のない要素と思いますが、それでも番組の関係者には気になるもののようです。
教育テレビはその番組内容の性格上、視聴率が0.01%も珍しいことではないと聞いていました。しかし、囲碁と将棋のNHK杯戦はその限りではないようで、特に優勝戦も間近になると、対戦カード次第では2~3%に跳ね上がるといいます。この場合の1%は、100万人に当たるとのこと。

私の対局は準々決勝ですから、視聴率が高まってくる時期、しかも、相手は谷川浩司棋王。当時、現役のA級棋士であり、名人戦の挑戦者になるかもしれず、周囲の注目を一身に浴びていました。有無を言わさぬ"スター棋士"なのです。

対する私は、"その他大勢" "十把一絡げ"(じっぱひとからげ)"犬も歩けば棒に当たる"という、そこまで(自分で)言うか~という棋士です。
いわば、大舞台に出てきてはいけない時代劇の三文役者、「斬られ役」VS「千両役者」の「暴れん坊将軍」の対決ですから、私の耳には、「前田さんに勝たれたら、視聴率に影響が......」という関係者の声なき声が聞こえていたのです。普段、いくら空気が読めない私でも、それぐらいは分かります。これが、異常なピリピリ感、また、私が勝ち負けを意識しない理由でした。ところが......。

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準々決勝 VS谷川浩司棋王

準々決勝になってもまだツキがあったようで、私は四度、先手を引き当てます。となれば当然、ヒネリ飛車を採用。しかし、やはり相手は強かったのですヨ。
終盤、どうやら形はつくれたなと、117手目、▲6六角と詰めろを掛け(図1)、首を差し出しました。谷川さんの終盤は「高速の寄せ」といわれ、118手目、△2七飛から詰ませにきたのです。私は、あと数手で投了、ピリピリした空気から逃げ出せると思ったのですが......ナンと谷川さんの寄せがすっぽ抜けていたのですね~。数手後、投了したのは谷川さんだったのです。

【図1は▲6六角まで】

終局と同時に周りを見回すと、スタッフの皆さん、一様に苦虫を噛み潰したような顔々々......。そりゃ~そうですヨ、間違ったとはいえ、主役の「暴れん坊将軍」を"その他大勢"がやっつけちゃったンですからネェ~。視聴率はきっと、いや、必ず下がりますって。

準決勝 VS中原誠十六世名人

意志とは別に準決勝に進んだ私は、次に時の名人、中原さん(誠十六世名人=引退)と対戦することになりました。

2月9日、午前10時、スタジオに到着すると、前局以上にピリピリとし、スタッフの冷たい視線が、否が応にも感じられました。「今日は、負けろよナ」「ハイハイ、どうせ私は悪党ですよ。今日は桃太郎侍様に斬られればいいンでしょ、分かりましたヨ」と独り言を呟く私。

正直言って、将棋を指していて勝ちたくなかったのは、NHK杯戦の準々決勝・準決勝・決勝の3局だけ。お前に勝たれたンじゃ、盛り上がらないンだよと、あからさまに関係者から(態度で)嫌がられてはネェ~(これ、今風に言うとナニハラスメントと言うのかな?) でも、もし"その他大勢"が勝てば、逆の意味で視聴率が上がるのではと、ほんのチョコッと開き直る気持ちもありました。しかし、まるで"犬の糞"でも見るようなスタッフの視線に晒されての対局はつらすぎましたヨ。まっ、もともと勝てる相手ではありませんし、勝とうとも思っていないのは谷川戦のときと同じで、早く負けて帰ろうという気持ちでした。再度ところが......。

またも私は、先手を引き当てました。となれば、"自棄(やけ)のヤンパチ、日焼けのナスビ"、最後もヒネリ飛車だと、例の戦法で戦うことにしたのです。そして......。

なぜか私の指し手は伸び伸びとし、冴え渡るのでした。59手目、▲1五歩と意表を突く攻めを敢行。瞬間、中原さんがハッとされた表情は今でも憶えています。さらに69手目、▲5八角が攻防の好手となり、以下、桂得に。早く負けて帰ろう、でも、形ぐらいはつくろうという控えめな気持ちがかえって、意表の攻めや落ち着いた好手を生んでしまうのでした。

【図2は▲1五歩まで】

【図3は▲5八角まで】

結局、桃太郎侍様にも勝ってしまい、周囲からは犬の糞を投げつけられる始末。"つらい権八、小紫"、これで決勝に進出となりましたが、もしそれも勝ってしまったら、何を投げられるのでしょう? 

その決勝もヒネリ飛車でしたが、これは千日手・指し直しの末、後手(私)・矢倉中飛車模様からまたも勝ってしまいました。生涯、最初にして最後の棋戦優勝。将棋には、確かに"運"もあるのです。

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後日、NHK杯戦の優勝者は、対局の放送前にある「将棋講座」の講師をするのが慣例と先輩から聞かされましたが、お呼びは掛かりませんでした。推測するに、関係者の怒りはそれほど凄まじかったのですね。この3年後に優勝した櫛田さん(陽一七段=引退 当時四段)も、同様の憂き目に合います。

クッシー! 今度はお互い、スリムなイケメンに生まれようネ!

*画像はともに第36回NHK杯争奪戦で優勝した際の前田七段(当時)

【追記】

実は、図2の実戦の進行の攻め(▲1五歩△同歩▲1三歩)は無理筋で良くありません(図4)。この時の状況ですけど時の名人を相手に胡坐をかく訳にも行かず、対局中は正座で挑みました。私は正座が大の苦手、とにかく、足が痺れて痺れて。
まぁ~元々、勝とうという気持ちもなく、一刻も早く終わらせて帰りたかったのであります。しかし、中原さんは対応を誤り、延々と「正座地獄」は続くのです
┐(´~`;)┌┐(´~`;)┌ 。

【図4は▲1三歩まで】

図4から、△1三同香▲1二歩△2一玉▲1一歩成△同玉▲1三角成△同角▲1四香△2二玉(変化図A)

【変化図A】

もしくは図4から、△1三同香▲1二歩△2一玉▲1一歩成△同玉▲1三角成△同角▲1五香△1二歩(変化図B)

【変化図B】

変化図A、Bとも、先手はまったく自信の持てない局面で、厳密には形勢を損じていると思います。この後、65手目の▲5八角と69手目▲5八角がなかなかの好手?? だったようです。結果的に二度の自陣角が中原さんの動揺を誘う形になり、以降、中原さんの指し手は乱れに乱れました。

前田祐司九段

ライター前田祐司九段

1954年3月2日生まれ。熊本県出身。アマ時代から活躍し、1970年、71年と2年連続でアマ名人戦熊本県代表として出場。1972年に4級で奨励会入会。1974年9月に四段となり、2000年9月に八段となる。 早見え、早指しの天才肌の将棋で第36回NHK杯では、谷川棋王、中原名人を撃破(※肩書きは当時)。 決勝戦で森けい二九段を千日手の末、勝利し棋戦初優勝を飾った。2014年6月に現役を引退した。

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