鷹揚流でつかんだ竜王位 勝浦修九段×広瀬章人竜王「師弟」vol.4~将棋世界2019年8月号より

鷹揚流でつかんだ竜王位 勝浦修九段×広瀬章人竜王「師弟」vol.4~将棋世界2019年8月号より

ライター: 将棋情報局(マイナビ出版)  更新: 2019年07月03日

カメラマン野澤亘伸氏による、将棋世界2019年8月号(7月3日発売)に掲載の【「師弟」vol.4  勝浦修九段×広瀬章人竜王 鷹揚流でつかんだ竜王位】は、12 ページにわたり、両者の幼少期から入門以前、奨励会時代や、師弟と弟子の交わり、タイトル通算100期が懸かった相手との竜王戦七番勝負、その最中の両者や家族の心境などを鮮明に描いた力作となっています。本ページはでその冒頭部分をご紹介いたします。どうぞお楽しみください。

「師弟」vol.4 勝浦修九段×広瀬章人竜王

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羽生善治のタイトル通算100期達成の記録が懸かる大注目のシリーズとなった第31期竜王戦七番勝負で、竜王を奪取した広瀬章人。

記録達成を期待する報道陣が毎局押し寄せるアウェーの状況で、広瀬はなぜプレッシャーをはねのけて難敵に勝つことができたのだろうか。広瀬という棋士が併せ持つ、人一番の負けず嫌いと、勝負に頓着しない鷹揚さという相反する一面に秘密がありそうだ。

カミソリ流といわれた師・勝浦九段の棋士人生と対比させながら、広瀬が歩んできた道をたどる。

カミソリと呼ばれた男

2011年8月19日、東京「将棋会館」。投了を前にして、勝浦修の瞼には熱いものがこみ上げてきた。奨励会入会から49年、長い現役生活も今日が最後になる。

「もうここで将棋を指すこともなくなるのかと思ってね。涙は堪えたけれども」。今朝家を出るときには、妻には何もいわなかった。これまでも、そうだったように。

投了を告げたとき、勝浦を囲むように数人の棋士が入ってきた。森内俊之九段、野月浩貴七段、広瀬章人七段たちが師の最後の対局を見届けるために集まっていた。「知らなかったから驚いたよ。恥ずかしい将棋を見られた。もう形もできないくらいに弱くなっていたから」。感想戦は短く終わった。現役最後の夜は弟子たちに囲まれて、行きつけの寿司屋で好きな酒に酔った。

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勝浦は当時を振り返って、こう話す。

「もっと早く引退するべきだった。生きるために将棋を指さなければいけないことが、年を重ねると苦しくなるときがくるんだよ。闘志もなくなって将棋も弱くなる。広瀬君は、まだそんなことは思いもしないだろうけれども」

現役時代、鋭い踏み込みで一気に寄せ切る棋風はカミソリ流と呼ばれた。端正な顔立ち、細身の体にはスーツがよく似合った。A級在籍7期、タイトル挑戦2回、優勝3回は一流棋士の証である。しかし勝浦は、自分の積み上げたものを振り払うようにいった。「あるとき、超えられない壁があるって感じましたよ......。四、五段の頃は、いつか名人を獲りたいと思っていました。でも、中原さん(誠十六世名人)の壁は厚かった」。第17期王位戦で勝浦は中原王位に挑戦したが、2勝4敗で敗れる。「対局していて相手に攻め込まれると怖くなるんだ。でも本当に強い人はそこで手を渡すことができる。相手に好きなようにやってくれと。中原さんとは、そういうことが何度もあった。広瀬君の将棋にもある。やっぱり強い人はできるんだよ。僕には、それができなかった」

伝説のアマ強豪の回想

勝浦修と広瀬章人を結びつけたのは、一人のアマチュア棋士だった。

1958年、札幌。「弱い天才少年だな」。バカにされたように言い捨てられて、12歳の勝浦修は盤上に目を落とした。二枚落ちで歯が立たない。アマチュアに、こんな強い人がいるのか......。目の前で勝浦を見下ろしていたのは、24歳で全道選手権を制した桜井亮治だった。

「初めて勝浦さんに会ったのは、私がいちばん生意気な頃ですよ。彼は紋別の天才といわれて、プロを目指して札幌に出てきた。まだ所詮は田舎初段でした。厳しさを教えてやるつもりでした。でも、それからわずか2年半で彼は全道選手権で優勝したんです。私が7年かかった道程でした。そのとき、これが天分の違いなのだと思いました」

桜井亮治(現在84歳)はアマ将棋の強豪で、北海道将棋連盟の理事長、最高顧問を務めた。「東京の将棋関係者と口論したことがある。『北海道から奨励会を受験する子が少ないのは、桜井さんが断っているからだ』といわれてね。確かにその通りなんだけど、私の中ではずっと勝浦さんが基準なんだ。

15歳の彼の強さを覚えている。プロになれるかじゃなくて、A級、タイトルを狙えるかということなんです。これまで見てきた子の中で、野月君(浩貴八段)と菊田君(裕司=元アマ竜王・元アマ名人)は抜群に頭がよかった。その彼らにも『プロにはいくな』といいました。

私みたいなアマチュアでも、大抵の将棋は分かるんですよ。野月君や菊田君の将棋は理解できた。でも勝浦さんの将棋 は私には分からない。天分としてはタイトルを取るべき人だった。残念なのは勝負に対する執着がなかった」

桜井が小学生の広瀬章人に会ったのは、すでに還暦を過ぎてからだった。大会に出場することは少なくなっていたが、アマ棋界に名を馳せた実力は健在だった。

「広瀬君は終盤の力が別格に違っていた。小学生で札幌地区代表になった。相手のアマ四、五段は途中まで形勢がいいから勝ったと思っている。それがみんな逆転されちゃう。私も何度も最後にうっちゃりで負かされた。自宅に呼んで教えていたのですが、半年した頃にお母さんにいったんです。この子を本当に強くしたいなら、早く東京にいったほうがいいと。あの子は欲がない。それは早くから感じていました。だから王位を獲ったときの就位式で、あえていったんです。タイトルを獲っても、A級に入れないと一流棋士とはいえないとね」

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紋別の天才 勝浦修

1946年、勝浦修は北海道紋別市に6人兄弟の4番目として生まれた。家は旅館を営んでいた。「親父は旅館にくる 酒屋や米屋と毎日将棋を指していました。一升瓶を横に置いてね。僕は親父の膝の上で5歳頃に将棋を覚えた。紋別は流氷の街です。2月頃、海岸に漂着すると空気が一気に冷え込む。街には映画館が1軒あって、よく連れていってもらいました。当時は映画館でNHKのニュースが流れていて、加藤一二三八段(当時)が名人挑戦者になったのを観た記憶があるよ」

福井資明(関根金次郎十三世名人門下・2006年九段追贈)は札幌に道場を開き、全道を巡回教室で廻っていた。昭和30年代前半に稚内、網走に続き、紋別を訪れる。そこで小学生の勝浦に目をとめ、札幌に出て内弟子になることを勧めた。プロ棋士に憧れていた勝浦は舞い上がったが、意外にも父親に反対された。「僕を医者にさせたかったようです。頼み込んで、算盤で1級を取ったら許してくれることになった。6年生で合格して、札幌に出たんです」

中学1年から福井の内弟子になり、学校から帰った後は師の道場を手伝った。お客はサラリーマンから遊び人風までさまざまだったが、全道から強豪も集まった。その筆頭が桜井亮治だった。

勝浦は中学を卒業して上京、奨励会受験のため渡辺東一名誉九段門下に入った。福井は当時はまだ地方棋士という待遇で、連盟所属のプロ棋士ではなかった。そのため懇意にしていた渡辺に勝浦を託したのである。住まいは師と親しかった京須行男八段の家に下宿することになった。

「僕が下宿した頃、京須先生のお嬢さんが女学校に通っていました。彼女がお嫁にいき、生まれたのが森内君(俊之九段)なんです」

2級で奨励会に入った勝浦は、わずか1年半で三段リーグ入りする。しかし、4期目に不戦敗を2度してしまう。「麻 雀にハマっちゃってね。1度は例会を完全に忘れていた。クビになりそうになって、師匠が理事の丸田先生(祐三九段)に『もう1度チャンスを与えてやってくれ』と頼んでくれたんです」。それ以降、師は勝浦に余計な時間を与えるのはよくないと考えた。新宿将棋センターの金田氏に頼み、泊まり込みで道場の手伝いをさせる。1年半の辛抱が実り、昭和42年に四段昇段を果たす。

プロになった後の青春の取り戻しはキャバレーにハマった。「毎日のように横浜の店に通った。棋士仲間四人でタクシ ーに同乗してね。当時キャバレーが4人で1万円。馴染みになった女の子がビールの代金を『鼻の下を伸ばしているほかの客につけておくから』ってサービスしてくれるんだ。その後に女の子を誘ってナイトクラブにいく。ダンス踊りながら胸の膨らみを感じてドキマギしてた。でもそれでサヨナラって帰る。いい時代だったよ」。四段になった当時の勝浦の収入は月4、5万円だった。とても自分の収入だけでは通い続けられない。兄弟子の二上達也九段に頼むと、何もいわずに10万円を貸してくれたという。

おわりに

物語の主役はここから広瀬竜王へと移り、「サッカー少年 広瀬章人」「蒲田将棋クラブ時代」「一門の血」「竜王の奥様」「竜王戦狂想曲」「S級の棋士」へと続きます。全文は将棋世界2019年8月号(7月3日発売)にてお読みいただけます。

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将棋世界2019年8月号

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