将棋地口・第13笑 『こうやると親が泣く』

将棋地口・第13笑 『こうやると親が泣く』

ライター: 谷木世虫  更新: 2018年10月18日

10月に入り、やっと凌ぎやすくなってきました。朝晩の涼しさが違います。10月は、「神無月」(かんなづき、かみなしづき)とも言われ、旧暦10月の異称ですが、今では新暦10月の異称としても使われています。この月は、"神様がいなくなる月""神様は皆、出雲に集まる"と言われますが、それは俗な解釈とのこと。そして、それが元になり、様々な伝承が生じたようですが、正確なことは分かっておらず、「神様の月」という意味が一番近いとされているようです。

おっと、柄にもないことを口走ってしまいました。当クラブには似合わないことで、皆、季節の移ろいは無関係と、いつものように平日の昼間から楽しく将棋を指しているのです。

「そりゃ! 打ち込む青春だ!!」

「おっと、そいつはイカのキン太郎ヨ」

「なにをおっしゃるウサ子ちゃん」

しゃべっている言葉は確かに日本語ですが、その一つ一つを取り上げ、よ~く考えてみると、まったく意味の分からないものばかり。長い間、将棋クラブを続けていると、その"外国語"も理解でき、また味のあるものだということが分かってくるのですが、昔、初めて聞いたときは不思議に感じ、また、なんとなく面白いと思うだけでした。それが今ではすっかり理解でき、面白く思えるようになり、席主としてお客さんの会話を楽しんでいます。最近の将棋クラブは、皆、無駄口を叩かず、静かな所が多いようで、それはそれでけっこうなのですが、所詮は趣味の世界。皆でワイワイ賑やかな方が楽しいと思うのです。

しかし、いまだに分からない言葉も多く、今日はその中の一つをご紹介しようと思います。

先ほど意味不明な会話をしていた二人の対局は、中盤戦もたけなわ。将棋は口で指すものといった感じですが、そのうちの一人、受け付けの目の前で指している玉(ぎょく)さんが図の局面を迎えてブツブツと言っています。お名前が玉置さんということから、頭の部分を取って玉さんと言われるアマ二段の年配者。ほぼ毎日、通ってくれるありがたいお客さんで、楽しく指していくのですが、今、ボソッといった言葉はどういう意味なのか、いまだに分からないのです。

「こうやると親が泣くってネ」

"こうやると"というのは対局中に思わず出る独り言で、よく聞くものですが、続く"親が泣く"はどう関係してくるのでしょうか? 単に語呂の調子良さだけという気がしないでもありません。あえて言えば、こうやると相手の親が泣くぐらい困るだろう、ということでしょうか? あるいは、"子をやる"、例えば里子(さとご)に出すといったような意味がダブッているのでしょうか? 後者であればまだ、なんとなく整合性があり、理解できるものもありますが、イマイチすっきりとしません。

なんとも不思議な言葉で、何かの地口なのか駄洒落なのかも分からないのです。私は彼等の将棋よりもそちらの意味の方に気がいってしまい、しばし考えてしまいました。

「どうしたの、席主? 何かお悩みでしょ~か?」

玉さんは、上の空でいる私に気づいたようで、話し掛けてきました。

 

訳を話すと、彼はなんでそんなことが気になるのかといったふうな顔を向け、そしてひと言、イカにもタコにも人生の先輩らしい答えをくれたのです。

「世の中、分からないところがいいのヨ。将棋だってそうでしょ~。そんなことでヘンに悩んで自殺などしないでネ。親が泣くからサ」

【図は△5五角まで】

*図は、後手が飛車取りに△5五角と打った局面です。後手の狙いは、以下、▲2四飛△6六銀(参考図1)にあります。△6六銀が狙いの一打です。

【参考図1は△6六銀まで】

参考図1で、仮に▲4一飛とすると、△7七銀成▲同金△同角成▲同玉△6六角▲7八玉△8八金▲6九玉△7七桂▲5九玉△4八角成▲6八玉△5八と▲7七玉△6六馬(参考図2)で、先手玉は詰んでしまいます。この変化の冒頭、△7七銀成に▲同金で▲9八玉は、△7八成銀▲同銀△9七金▲同玉△7九角▲8七玉△8八角引成で、後手の勝ち。

【参考図2は△6六馬まで】

ここまで後手の人も、また、玉さんも読めたかどうかは分かりませんが、△5五角~△6六銀は強烈な狙いを秘めていて、玉さんが言った、「こうやると親が泣く」という意味は、玉さんのこれまでの経験上、"図の△5五角に▲2四飛と逃げると、きっと親が泣くぐらい悪いことが起こるのだろう"という意味だと思います。

そこで、後手が△5五角と打った図で先手の正しい対応は、▲2四飛と飛車を逃げず、▲3二飛(参考図3)と攻め合いに出るのが正しい感覚です。2八に飛車が居れば、飛車の横利きで参考図2になる変化は成立しません。

【参考図3は▲3二飛まで】

参考図3以下は、△7一銀▲5一銀△6一金▲6二金(参考図4)と先手が攻め、千日手が狙えれば良しとするところでしょう。

【参考図4は▲6二金まで】

しかし、実戦は△5五角に玉さんは悪い予感を感じつつも、やっぱり▲2四飛と逃げ、後手の△6六銀が実現。親が泣いてしまいました。

将棋地口

谷木世虫

ライター谷木世虫

東東京の下町、粋な向島の出身。大昔ミュージシャン、現フリーランス・ライター。棋力は低級ながら、好きが高じて道場通いが始まる。当初、道場は敷居が高く、入りにくい所だったが、勇気を出して入ると、そこは人間味が横溢した場所だった。前回は、将棋道場で聞かれる数々の「地口」をシリーズで紹介したが、今回は「川柳」がテーマ。これも地口同様、ユーモアと機知に富み、文化として残したいものとの思いで、このコンテツの執筆になった。

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前田祐司

監修前田祐司九段

1954年3月2日生まれ。熊本県出身。アマ時代から活躍し、1970年、71年と2年連続でアマ名人戦熊本県代表として出場。1972年に4級で奨励会入会。1974年9月に四段となり、2000年9月に八段となる。
早見え、早指しの天才肌の将棋で第36回NHK杯では、谷川棋王、中原名人を撃破(※肩書きは当時)。
決勝戦で森けい二九段を千日手の末、勝利し棋戦初優勝を飾った。2014年6月に現役を引退した。
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