他の同世代棋士になくて、自分にはあるもの―高見泰地叡王が大学生活で得た原動力とは【高見叡王インタビューvol.3】

他の同世代棋士になくて、自分にはあるもの―高見泰地叡王が大学生活で得た原動力とは【高見叡王インタビューvol.3】

ライター: マツオカミキ  更新: 2018年08月20日

高見泰地叡王インタビュー

いま大注目の若手棋士、高見泰地叡王の4回連載インタビュー。第3回は、大学生活で得たものや「プロの観る将」になったきっかけをお聞きしました。「他の同世代棋士にはなくて、自分にはあるもの」と大学生活での経験を位置付ける高見叡王。「大学に行ったからタイトルが取れた」と語る、その理由とは‥‥?

将棋と大学生活を必死に両立させた5年間

――2017年3月に大学を卒業されましたが、将棋と大学の両立は大変でしたか?

かなり大変でした‥‥。夜中の3時に対局を終えた後、朝9時から授業があったりして、自分でも「何をやっているんだろう」という感覚におちいったこともあります。

――やめたい、とは思わなかったですか?

本気でやめようかなと思った時期もありました。そう思いながらも、結局5年も通ってしまうんですけど(笑)。ただ、大学に行ったからこそ得られたものもあります。特に、心の支えになってくれるような、気の合う友達ができたのは嬉しかったですね。

takami03_01.jpg

――両立が大変な中、どのような大学生活を送られましたか?

ゼミに入って卒論も書きましたし、大学の将棋部はもちろん、将棋と関係のないサークルにも入ってました。将棋部に関しては、大学付属の高校にいた時から「大学に入ったらよろしくお願いします」と将棋部の方に挨拶されて、囲い込まれた感じですね(笑)。

――将棋部側としては、絶対に入ってほしいですよね(笑)。一方で、どうして将棋以外のサークルにも入ろうと思ったのですか?

せっかく大学に通うのなら、将棋と関係のないサークルにも入ってみたかったんです。活動に参加できないことも多かったんですけど、たまに参加してサークルのみんなと話したり、夏には合宿をしたりして、楽しかったです。

takami03_02.jpg

――ゼミにも入っていたんですよね。

文学部の史学科に通っていて、日本史の古代について研究をするゼミに入りました。もともと日本史が好きなので、興味があって。

――卒論は、何をテーマに書いたんですか?

何だと思います?

――将棋‥‥?

おっ、正解です! 将棋の歴史をテーマに卒論を書きました。国内最古と言われる「平安時代の将棋の駒」が奈良県の興福寺で見つかっているので、いつ伝来したのかということや、当時のルールなども含め。諸説ある事柄も多かったので、国会図書館で文献を調べて「この文書にはこう書かれている」と複数の説を記載したり。自分にしかできないことだと思ったし、ちゃんと調べられて良かったです。

「指す時間」の減少を補うために「観る時間」が増えた

takami03_03.jpg

――大学に通っていると、将棋に触れる時間が減ってしまいそうですね。

そうなんですよね。誰かと将棋を指す機会は減ってしまうので、自然と将棋を観て学ぶ時間が増えていきました。その頃から生放送をチェックすることが生活に根付いていて、卒業した今でも、移動中や休みの日など頻繁に観ています。

――「プロの観る将」とも呼ばれていらっしゃいますよね。

棋士の中でも、かなり観ている方ですからね! 最近はもう、ニコニコ生放送のコメントで「高見観てる?」とか流れてくるんですよ。どうせ観てるだろうって思われてるんでしょうし、実際観てるんですけど(笑)。

――バレているんですね(笑)。

先日は「タイムシフト(※)の高見君、観てるー?」ってコメントまで流れてきて、自分がタイムシフトで観てることもバレているのが、すごいなと思いました‥‥(笑)。
※放送をリアルタイムではなく終了後に視聴すること

――生放送の解説もしていらっしゃいますが、これまでたくさん観てきたことも解説に役立っていますか?

そうですね。大学時代に頻繁に見ていたおかげで、視聴者目線で考えられていると思います。その気持ちを忘れずに、観てくださっている方に楽しんでもらえるような解説ができれば嬉しいです。

5年の遅れによる焦りが、タイトル獲得の原動力に

takami03_04.jpg

――最終的に、大学に行く決断をして良かったと思いますか?

叡王のタイトルが取れたのは大学に行っていたおかげなので、そこは本当に良かったです。

――大学に行ったことと、叡王戦が関係している?

関係していると思います。叡王戦は、僕が昨年の3月に大学を卒業した直後の4月にタイトル戦になったんですね。当時、自分自身は5年間大学に通ったことで同世代棋士から遅れを取った焦りを感じていて、どうにか取り戻したかったんです。だからこそ必死になって挑むことができて、その結果、このタイトルを取れたと思っています。

――同世代に対して感じていた焦りが、大きな原動力になった、と。

はい。ちょうどタイミング良くタイトル戦が始まって、この焦りを原動力に必死になれる場所があったので、本当に運が良かったなと。それと、今回の叡王戦は本当に苦しかったけれど、それを乗り切ることができたのは、大学をやめることなく卒業できたという成功体験があったからだと思います。同世代も活躍していますが、彼らになくて自分にはあるものが「大学生活と将棋の両立をやりきった経験」だと思うんですね。それだけは他の棋士にはないことだし、自信を持って戦っていきたいです。

大学に通ったことが棋士として遠回りだったのか、タイトルを取るための近道だったのか、それは自分にはわかりません。でも、もし大学に行かずにこの5年間だらだらと過ごしてしまっていたら、今の僕はないかもしれない。だから、人生に無駄なことなんてないと思っています。

第4回は、目指す棋士像や憧れの人についてお聞きします。

マツオカミキ

ライターマツオカミキ

2014年からライターとして活動する平成元年生まれ。28歳にして初めて将棋に触れました。将棋を学びながら、初心者目線で楽しさをお伝えします!普段は観光地や企業、お店を取材して記事を執筆中。

このライターの記事一覧

この記事の関連ワード

  • Facebookでシェア
  • はてなブックマーク
  • Pocketに保存
  • Google+でシェア

こちらから将棋コラムの更新情報を受け取れます。

Twitterで受け取る
facebookで受け取る
RSSで受け取る
RSS

こんな記事も読まれています