数年前までの主流形?プロ間で数多く指された矢倉戦の「4六銀、3七桂型」はなぜ見られなくなったのか。【第46回 矢倉の崩し方】

数年前までの主流形?プロ間で数多く指された矢倉戦の「4六銀、3七桂型」はなぜ見られなくなったのか。【第46回 矢倉の崩し方】

ライター: 一瀬浩司  更新: 2018年07月31日

矢倉の崩し方

前回まで、4七銀、3七桂の形を解説してきました。今回からは4六銀、3七桂型の攻め方を解説していきます。それでは第1図をご覧ください。

【第1図】

数年前まで矢倉戦の攻防といえば、この形が主流でした。さあ、ではこの形からの攻め方を見ていきましょう、と言いたいところですが、実は最近のプロの実戦ではまず見なくなった形となりました。攻め方に入る前に、まずはこの形の主流だったプロの実戦例と、なぜなくなったのか? こちらを見ていきましょう。第2図は平成25年5月30、31日、第71期名人戦七番勝負第5局、▲羽生善治三冠ー△森内俊之名人戦(肩書は当時)です。

【第2図は△4二銀まで】

この第2図の形は数多く指され、▲3五歩と仕掛けて先手が攻めきれるか、後手が受けきれるかという攻防が繰り広げられていました。居飛車矢倉党の、最重要研究課題といってもよい局面だったでしょう。名人戦だけでなく、竜王戦や王位戦のタイトル戦番勝負など、数多くの重要対局でもこの形は指され、熱戦が繰り広げられてきました。第3図は平成25年11月5日、第71期順位戦A級、▲屋敷伸之九段ー△渡辺明竜王戦(肩書は当時)です。

【第3図は▲8一飛成まで】

第2図の局面から▲3五歩と屋敷九段が攻め続けて迎えた局面ですが、手数は91手。なんと、ここまで4局の実戦例があります。100手近くまで同一局面が存在するほど、難しい戦いだともいえるでしょう。

また、第2図から▲5五歩と突く指し方もあります。第2図から、▲5五歩△4五歩▲同銀△5五角▲4六歩△7三角▲6六銀△8六歩▲同歩△5五歩▲7七角△4四歩▲5五銀△4五歩▲同歩(第4図)。

【第4図は▲4五同歩まで】

第4図までは平成14年12月26、27日、第15期竜王戦七番勝負第6局、▲阿部隆七段ー△羽生善治竜王戦(肩書は当時)です。後手は銀挟みの手筋が見事に決まり、銀得になりましたね。これで第4図は後手優勢、と思われるかもしれませんが、実はこの局面、なんと先手が十分なのです。銀は取りきられてしまいましたが、7七角のニラミが強く、5五の銀がとても威張っていますね。4五に伸びた歩も大きく、銀損以上に先手が大きな戦果を挙げている局面なのです。また、第5図は平成25年11月28、29日、第26期竜王戦七番勝負第5局、▲森内俊之名人ー△渡辺明竜王戦(肩書は当時)です。

【第5図は△4五歩まで】

ここから▲4五同銀△1九角成▲4六角という攻防も数多く指されていました。第5図の△4五歩と突かれる直前の手は▲2五桂なのですが、これに変えて▲6五歩△8五歩▲2五桂△4二銀となれば第2図の局面になります。このように、さまざまな形が指されてきました。では、なぜこの形がなくなってしまったのでしょうか? そちらを次回見ていきましょう。

一瀬浩司

ライター一瀬浩司

元奨励会三段の将棋ライター。ライター業のほか、毎月1回の加瀬教室や個人指導など、指導将棋も行なっている。主なアマチュア戦の棋歴としては、第34期朝日アマチュア将棋名人戦全国大会優勝、第63回都名人戦優勝などがある。

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阿部光瑠

監修阿部光瑠六段

棋士・六段
1994年生まれ、青森県弘前市出身。2011年4月に四段。2013年に第2回電王戦でコンピュータソフト・習甦(しゅうそ)と対局し、快勝。 2014年の第45期新人王戦で優勝。居飛車、振り飛車ともに指すオールラウンドプレイヤー。
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