将棋コラム

「ファンに見てもらってなんぼの世界」八代六段の目指す棋士像とは?

「ファンに見てもらってなんぼの世界」八代六段の目指す棋士像とは?

更新: 2017年11月24日

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八代弥六段インタビュー

第3回は、八代弥六段の出身地である静岡県への思いを語っていただきました。静岡は、将棋に対する支援も積極的で、近年数多くのタイトル戦が静岡県各地で開催されています。

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第44回将棋大賞新人賞を受賞の時の八代六段。撮影:常盤秀樹

ーー八代六段の出身地である静岡県は全国的に将棋が盛んな場所のひとつとされています。四段に昇段したときのインタビューで静岡の普及活動にも取り組みたいと語っていたのが印象的でした。

「抱負を聞かれたときのことですね。タイトルを取って活躍したい気持ちは、プロなら当然のことですから。それが根底にあるうえで重視したかったのが生まれ育った地元への感謝の念です。静岡を愛してやまない棋士であることを皆さんにアピールしたかったのです」

ーー静岡の将棋ファンは少年少女の育成に非常に熱心だと聞きます。

「私も小学生の頃は学校が終わると毎日のように近所の道場に通っていました。当時、私が飛車落ちでも歯が立たなかった人もいて、今でも強い人がたくさんいます。いい環境で育ててくださいました。師匠を紹介していただき、一緒に入門のあいさつに行っていただきました。私が四段になって電話で報告したときに、電話口の向こうで泣いて喜んでくださった方もいて、本当にありがたいと思っております。四段になったとき地元の子どもたちからお祝いの寄せ書きをもらいました。うれしかったですし、励みになりましたよ。朝日杯で優勝できたのは、いろいろな人たちの支えがすごく大きかったですね」

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撮影:常盤秀樹

ーー地元では記念の将棋大会も行われているそうですね。

「私が四段になったのを記念して八代杯という大会を作っていただきました。大きなポスターを作って告知していただき、本当にありがたいです。八代杯はもちろんのこと、静岡で大会やイベントがあればできるだけ参加したいと考えています」

ーーいずれ静岡在住の棋士として地元に帰るのでしょうか。

「静岡に将棋会館が建たない限りは東京での生活になります。トーナメントプロとして活躍するためには必要なことで、静岡からですと対局や研究会への移動が大変ですから。もちろん静岡を愛する気持ちは今後も変わりません」

ーーいまでは静岡の恩師に先生と呼ばれるそうですね。地元の方はさぞうれしいでしょう。

「昔からお世話になっている方々に八代先生と呼ばれるのはどうしても違和感がありますね。私としては子どもの頃のように『八代君』と呼んでくれたほうが気は楽なんですけど。ただ、子どもたちに先生と呼んでもらえるのはうれしいです」

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第67期王将戦一次予選(対 黒沢怜生五段戦)で駒を並べる八代六段。撮影:常盤秀樹

ーー今後はどんな棋士になりたいですか。

「プロはファンの皆さんに見ていただいてなんぼの世界です。棋士は負けたり、結果が出せなかったりして、つらいことも多いのですが、応援してくれるファンの方々を喜ばせることのできる職業だとあらためて感じました。これからも地元の期待を背負って、それに応えられる棋士でありたいです」

八代六段の静岡に対する郷土愛を強く感じさせるお話でした。

次回は、最終回となります。趣味についてや対局や将棋を離れての時間についても話していただきました。お楽しみに。

八代弥六段インタビュー

内田晶

ライター内田晶

1974年、東京都の生まれ。小学生時代に将棋のルールを知るが、本格的に興味を持ったのは中学2年のとき。1998年春、週刊将棋の記者として活動し、2012年秋にフリーの観戦記者となる。現在は王位戦・棋王戦・NHK杯戦・女流名人戦で観戦記を執筆する。囲碁将棋チャンネル「将棋まるナビ」のキャスターを務める。

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