渡辺VS羽生、竜王戦第一局を観戦する子どもたちは何を感じたのか【将棋と教育】

渡辺VS羽生、竜王戦第一局を観戦する子どもたちは何を感じたのか【将棋と教育】

ライター: 安次嶺隆幸  更新: 2017年11月16日

世紀の対決、将棋界のゴールデンカード、渡辺VS羽生戦を観戦しました。この眼で焼きつけようと生の対局を200名の観客が見つめます。第30期竜王戦第1局は、28年ぶりに公開対局として、平成29年10月20日、21日、東京渋谷セルリアンタワー能楽堂で行われました。

ホテル地下に設置された能楽堂は、まさに異空間。おそらく長いタイトル戦の歴史を紐解いても、地下で行われたことは初めてではないでしょうか。その参加者には一般の参加者だけでなく、「竜王アカデミー」で学ぶ親子の姿もありました。さて、子どもたちは、どんな想いでこの対局を観たのでしょう。

渡辺竜王の言葉「真剣勝負の空間を観て欲しい!」

「多くの勝負事がありますよね。将棋もその勝敗を分ける点において真剣に勝利を目指していきます。子どもさんにはその雰囲気、真剣勝負の空気を感じて欲しいと思っています」と、前夜祭の時に、話してくれたのは渡辺竜王でした。明日の対局の前の高揚した気持ちを感じさせない、いつもの笑顔の竜王に私は安心したのでした。

新年度に入り、藤井聡太四段の快進撃に後押しされるように、若手棋士がタイトル戦で活躍し始めました。挑戦者になるだけでなく、菅井竜也王位、中村太地王座のようにタイトル奪取がなされました。また、PC将棋ソフト利用をして棋譜解析をしながら、新手の開発もされていて、将棋の常識が変容していく中で、このタイトル戦が行われようとしていました。

ryuoh01_01.jpg

渡辺竜王にとっても、その中で戦型を模索しながらの初の公開対局となったのです。「真剣勝負の空気」と語った渡辺竜王の言葉には「竜王」への強い自負が感じられました。

形式美から学ぶこと「本物を観る」

「能楽堂への廊下を渡るには、白足袋でなくてはいけないんですね」と、話しをしてくれたのは立会人の島朗九段でした。初代竜王位について、「第2期竜王戦、島竜王VS羽生挑戦者の対局」から28年ぶりに行われる公開対局。その立会人の島朗九段も中村太地王座も羽織袴の姿で白足袋を履いて対局室に向かいました。「子ども達には、将棋の形式美から学んで欲しいと思っています」と島九段は言います。じっと座って相手を待つ時間。無言で過ごす時間、そこに出来上がる空間、空気を実感してもらいたいということでしょう。前日の渡辺竜王の言葉と重なります。

二日目の午前対局開始15分前、関係者が揃い、対局者を待ちます。能楽堂の舞台を見つめる親子200人。私は、そっと最後列に座ってその静寂を共有しました。小学生の子ども達には渡辺竜王が入ってくる数分間をどう感じたでしょう。おそらく、とてつもなく長い時間に感じた子もいたのではないかと思います。保護者も同じでしょう。私たちの生活の中では動きが常にある映像が氾濫しています。情報がどんどんと意識しなくても入ってくる状況にあります。そんな情報過多社会にいる子ども達も、その影響を受けていることはいうまでもありません。

まず、渡辺竜王が入場。ゆったりと座布団の位置を確認して着座します。そして挑戦者である羽生棋聖が入室してきました。舞台に主役達が揃って、立会人の島九段の合図で駒箱から駒が盤上へそっと出されます。「カタカタ」というその小さな駒達の音が能楽堂に響き渡ります。

そのときです。子ども達の姿勢が変わったのです。足が止まり、少し前屈みになりながら、対局者が一枚一枚丁寧に駒を並べていく仕草に釘付けになったのです。「ああ、本物を観ることはこれなのだ!」と強く意識した瞬間でもありました。

ryuoh01_02.jpg

「対局室の思考の空間」を共有する~スマホを通してみるのではなく...

先日、暁星小学校では運動会が行われました。徒競走の時の出来事です。私は着順の審判役でゴールの所でその一瞬を判定します。スタートで緊張しながら整列をしている子どもの姿を遠くに見つめながら、ここのゴールに飛び込んでくる子を待ちます。ふと、ゴールの先の保護者席に眼をやった時のことです。「あっ!」と思わず声を上げてしまったのです。

それはほとんどの保護者がスマホを片手に子どもを撮影する姿だったのです。32年間教育の現場に居ますが、最近の違和感はこれだったのかと確信した出来事でした。以前は、ゴールに駆け込んでくる子どもへ保護者の歓声がもっと大きく感じられ、ゴール付近の保護者の顔がはっきりと見えてものです。

「スマホをかぶった顔」が増えたことは、もしかするととても大切なものを失っていることにも繋がるのではないでしょうか。恥ずかしながら、自分もそうなので偉そうには言えませんが、スマホで撮影するとそれを記録に残して安心している自分が居たりします。後で観ればいいやと覚えたつもりになって、次の行動に移ってしまうことも多々あります。自分の眼でしっかりと見つめる行為をしなくなっている自分に気付かされた瞬間でした。

ryuoh01_03.jpg

自分の眼で見る行為=心のカメラで撮影することの大切さ!

能楽堂での公開対局の観戦では、電子機器の使用は禁止です。音が出るもの、カメラでの撮影も禁止です。撮影できるのは数分間、メディア関係者だけです。対局者が駒を並べるその一瞬をカメラのシャッター音だけ聞こえます。客席からもその音が聞こえるのみです。

撮影時間が終わった後の、対局室には、あの静寂の時が戻ります。封じ手が開かれて、対局が開始された後、思考の空間がどんどんと広がることが実感できます。みんなの視線が対局者に注がれます。まさに、「自分の眼で観る行為」です。スマホで撮影をしたい衝動を抑えて、私も自分の脳裏にこの一瞬を心のカメラで撮影をしていきました。

あれから...。対局から数日経ちますが、あの心のカメラで撮影した写真はますます色鮮やかに私の心の中に残っています。

子供たちは将棋から何を学ぶのか

安次嶺隆幸

ライター安次嶺隆幸

東京福祉大学教育学部教育学科専任講師(元私立暁星小学校教諭)。公益社団法人日本将棋連盟学校教育アドバイザー。 2015年からJT将棋日本シリーズでの特別講演を全国で行う。中学1年生のとき、第1回中学生名人戦出場。その後、剣持松二九段の門下生として弟子入り。高校、大学と奨励会を3度受験。アマ五段位。 主な著書に「子どもが激変する 将棋メソッド」(明治図書)「将棋をやってる子供はなぜ「伸びしろ」が大きいのか? 」(講談社)「将棋に学ぶ」(東洋館出版)など。

このライターの記事一覧

  • Facebookでシェア
  • はてなブックマーク
  • Pocketに保存
  • Google+でシェア

こちらから将棋コラムの更新情報を受け取れます。

Twitterで受け取る
facebookで受け取る
RSSで受け取る
RSS

こんな記事も読まれています