将棋コラム

将棋が「教育」に変わる瞬間とは?【将棋と教育】

将棋が「教育」に変わる瞬間とは?【将棋と教育】

更新: 2017年11月19日

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子供たちは将棋から何を学ぶのか

連載コラムも40回を超えました。先日、「安次嶺先生のコラムを毎回楽しみにしています!是非続けてください!」と竜王戦第1局前夜祭の席上で声をかけてもらいました。拙文が少しでも将棋ファンの皆様の心に届いていたのなら幸いです。

さて、自分が一手を指したら、次の一手は相手にゆだねる。将棋はそうやって一手ずつを交互に指していくゲームです。自分も、相手も、一手ずつ。お互いに二手も三手も指すことはできません。そうしてお互いの一手ずつ積み重ねで一局を作り上げていくのです。

そこには、相手に対する「お互いさま」の精神が宿っています。

お互いが積み重ねていく指し手と感謝の気持ち

二人で手を積み重ねていく作業は、キャンバスに一筆ずつ色を重ね、絵を描いていく芸術家の仕事と同じです。そこが、将棋は「対局者二人の芸術品」と称されるゆえんです。その一手一手の軌跡は、対局の指し手を示した記録「棋譜」という形で残されます。絵画を観たり音楽を聴いたりして芸術家の仕事を鑑賞できるのと同じように、棋譜も後世にまで残ります。対局者二人がよりよい手を模索した一局の棋譜を「二人の作品」としてたどることができます。

二人で積み重ねて一局を作るということは、長い道のりを二人で手をたずさえて歩いていくようなものです。相手がいてくれるからこそ、一局が成立します。だから、お互いへの感謝の気持ちが最後の「ありがとうございました」という礼になっているのです。

「お互いさま」――これは、以前の日本人がよく使っていた言葉です。「おかげさま」と感謝し、「お互いさま」と認め合う、そんな付き合いが普通にありました。そうした人間関係が希薄になっている現代、大人も、子供も、どうしても自己中心的になってしまいがちです。

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第88期棋聖戦 第3局より

感想戦で養われる「お互いさま」の精神

最近は「自分さえよければそれでよい」という子供が増えています。しかし、将棋では「自分さえよければ」という考え方は通用しません。

将棋はじっくりと相手と対峙し、一手一手交互に指し手を進めます。まさに無言の会話が盤上で繰り広げられます。相手の手の意味を考え、理解し、問いかけるように次の自分の着手を考えます。そうした実体験を通して、子供たちは相手とともに生きていくこと、「共生」の感覚を身につけていくのです。

さらに対局後に行われる感想戦では、勝負の勝ち負けを超えて対局した者同士が、その対局を巻き戻して、どの手がいけなかったのか、どうすればよかったのかを検討していきます。

実を言うと、感想戦で敗因を検証していく中で、「ここでこういう手も考えられる」とか、「ここはこうしたほうが良かったのではないか」と相手に披瀝することは、自分の手の内を明かすことでもあるのです。次の勝負の結果だけにこだわるなら、手の内を明かしてしまったらマイナスになってしまうとも言えます。しかし、そんな自分の損得勘定を乗り越えて、棋士はより高いレベルの最善手を探るために感想戦に臨みます。

これは教育の観点から言うと、「学び合い、伝え合い」の作業だと言えます。また、負けたほうは「敗れてしまった」という悔しい気持ちをぐっとたたんで感想戦に臨みます。勝ったほうも、負けた相手の気持ちを察するという、相手への思いやりの気持ちも育んでくれます。勝った者は、また次も勝つとは限りません。今度は自分が負けるかもしれない。そのときは勝った相手が感想戦に付き合ってくれる。まさに「お互いさま」の精神が自然に養われ、現代の子供たちが陥りがちな「自分さえよければ」という考え方を矯正してくれるわけです。

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将棋が「教育」に変わる瞬間

私が指導する将棋クラブでは、何人もの児童がそれぞれの対局を行います。私はゆっくりと机の間をまわってその中から一組を決め、その子たちの指し手に注目して対局を追っていきます。

とてもいい手を指したら、その局面で対局時計を止めて他の子供たちを呼び寄せます。「みんな、この手を見てごらん」。そうすると、みんなが対局中の自分たちの局面を中止して、その盤面のそばに集まるのです。そしてみんなでその局面を見つめ、その子の手の意味を一緒に考えるのです。 みんなでともに一つの局面を観る。考える。その子になったつもりになって、その意味を必死に見つける作業をする。そういうことをしているときこそ、将棋が教育に変わる瞬間だと私は考えています。

「人に観られることで、自分のことをしっかりと意識すること」が教育でも将棋でも大切なのです。

相手への感謝を表す精神

自分だけでなくお互いの気持ちや思いを分かち合うことが、今の教育、さらに今の世の中に必要なことなのではないでしょうか。自分だけでは到達できない地点にいけるのは、相手があってこそ。その相手に対する感謝を表す「お互いさま」の精神。子供たちが将棋を通して、それを学んでくれることを心から願っています。

子供たちは将棋から何を学ぶのか

安次嶺隆幸

ライター安次嶺隆幸

私立暁星小学校教諭。公益社団法人日本将棋連盟学校教育アドバイザー。 2015年からJT将棋日本シリーズでの特別講演を全国で行う。中学1年生のとき、第1回中学生名人戦出場。その後、剣持松二九段の門下生として弟子入り。高校、大学と奨励会を3度受験。アマ五段位。 主な著書に「子どもが激変する 将棋メソッド」(明治図書)「将棋をやってる子供はなぜ「伸びしろ」が大きいのか? 」(講談社)「将棋に学ぶ」(東洋館出版)など。

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