忘れ物が多いときは、まず整理整頓を【将棋と教育】

忘れ物が多いときは、まず整理整頓を【将棋と教育】

ライター: 安次嶺隆幸  更新: 2017年11月04日

人はとかく、自分のエネルギーと時間、そしてお金をかけたものには執着してしまいます。それが自分自身の生きてきた証、あるいは存在のアイデンティティででもあるかのように...しかし、プロ棋士は違います。なんとももったいない作業に見えるかもしれませんが、それまでひたすら考えに考え続けてきた"貯金"を、対局に際してはあっさりと白紙にしてしまいます。その「捨てるという勇気」こそが、強さの秘密かもしれません。

準備してきたものをいったん捨てられるか

もちろんプロ棋士たちは、対局の前日までは、対局のための準備をしっかりしています。「詰将棋」とか、「棋譜並べ」や「VS戦」と呼ばれる実戦対局練習、対局相手の得意な戦型を研究して、こういう形になったらこうしようとイメージトレーニングをする人もいます。

将棋に限らず、どんなジャンルの試合でも、不安を残して臨むのはマイナスでしかありません。だから自信をもって将棋盤の前に座るために、十分な準備をすることを棋士は怠りません。ところが、いざ対局という段になったら、そうした一切合切をいったん忘れ去って、自分を白紙にして臨むのです。

捨てるというのは、勇気のいることです。読者の皆さんも、試験勉強で必死に知識を詰め込み、試験の直前まで単語カードを繰っていた記憶がある方が多いはず。大事な試験の前には、人は往々にして捨てるどころか、こぼれ落ちそうになる知識を何とかつなぎとめようとジタバタしてしまうものです。

人間の心理としては、少しでもそうやって努力したほうがいいように思ってしまいます。しかし、実はそれは逆効果。覚えるというのはインプットの作業です。対して試験というのはアウトプットの場面なので、直前までインプットの作業を続けるのは効果的ではありません。覚えたことを上手にアウトプットするためには、インプット以外のことをした方がいい、と科学的な実験でも確かめられています。

おそらくプロ棋士の方たちは、実体験を通してそれに気づいていらっしゃるのでしょう。だから、白紙にすることができるのだと思います。

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第65期王座戦 第1局より

心構えを正すには「正確な認識」から始まる

しかし、それをマネしようと思っても、案外むずかしいのです。子供たちに「自分を白紙にして臨みなさい」と言ったら、子供たちは「はい」と返事をするかもしれません。しかし、その意味することを実行できるかと言えば、それは無理でしょう。どういう心構えのことを言っているのか、本当のところはきっと理解できないにちがいありません。

保護者の方から「うちの子は忘れ物が多いんですけど、どうしたらいいでしょう?」と聞かれることがあります。そうした際に、「じゃあ、一度ランドセルを空っぽにさせてみてください」と言うのです。すると保護者は「えっ!?」という顔をなさいます。でも、こういう「目に見える形」にしてあげることが大事なのです。

忘れ物が多い子、雑になる子、めんどうくさがる子には、私はランドセルやカバン、机の中を空っぽにさせることから始めます。

自分で自分の持ち物を、一旦、すべて見える状態にさせてみる。そうすると、子供は「ここにはこれが入っているな」と確認することができる。こういうことを、子供自身にさせることが大事なのです。

ランドセルに物をいいかげんに詰め込んで、自分でも何を入れたとか、どこに入れたとか、わけがわからなくなっているのと同じように、頭の中でもそれが起こることがあります。それを、実際に目に見える形で整理整頓させてあげるのです。そして、それを自分でするという能動的な行為が、自主性にも繋がっていくのです。

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一度自分の足下をきれいにすること

持ち物をひとつひとつ確認して、一度自分の足下をきれいにすることは、自分を振り返る作業となって、結果として頭を整理整頓することにもなるわけです。そうして新たな気持ちで臨むと、力や知恵が湧き出てくるものです。

大人でも、カバンや仕事場のデスクの周りを片づけるのは、いろんな意味で整理になります。散らかっている人は、頭の中もごちゃごちゃしていて、注意が散漫になっていることもよくあることです。

ケアレスミスや忘れ物が多いようなら、あなたも実際に手を動かして試してみる価値はあると思います。

子供たちは将棋から何を学ぶのか

安次嶺隆幸

ライター安次嶺隆幸

東京福祉大学教育学部教育学科専任講師(元私立暁星小学校教諭)。公益社団法人日本将棋連盟学校教育アドバイザー。 2015年からJT将棋日本シリーズでの特別講演を全国で行う。中学1年生のとき、第1回中学生名人戦出場。その後、剣持松二九段の門下生として弟子入り。高校、大学と奨励会を3度受験。アマ五段位。 主な著書に「子どもが激変する 将棋メソッド」(明治図書)「将棋をやってる子供はなぜ「伸びしろ」が大きいのか? 」(講談社)「将棋に学ぶ」(東洋館出版)など。

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