「頭の中に隙間を作る」ことで新しい発想を生み出す【将棋と教育】

「頭の中に隙間を作る」ことで新しい発想を生み出す【将棋と教育】

ライター: 安次嶺隆幸  更新: 2017年09月26日

永世名人(十九世名人)、永世王位、名誉王座、永世棋王、永世棋聖、永世王将と6つの永世称号を保持する羽生二冠。壁にぶつかることなどないのではと思ってしまう強さですが、それでも羽生二冠といえども全戦全勝ではありません。羽生二冠だって、「負けました」と宣言しなければならないときもあるのです。そういうとき、羽生二冠は「頭の中に隙間を作る」とおっしゃっています。

頭の中に隙間を作ることで新しい発想が生まれる

頭の中に隙間を作る――これはよく羽生二冠の「駐車場理論」などと呼ばれているものです。駐車場が満車だったら新しい車は入れません。新しい車を入れるためには、今停めてある車は別の場所に移動させる必要があります。また、駐車場に乱雑に詰め込むと、収容台数は少なくなる上に、すぐには車を出せなくなってしまいます。車を新しく入れるにしても、整然と整理して入れないといけません。

それと同じ考え方で、頭に新しい知識を入れるには、いったん頭を空白にして、スペースを作ります。それからギュウギュウに詰め込まずに整然と整理して入れていく。そういうことを指しているのだと私は考えています。

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2008年7月15日放送のNHK総合テレビ『プロフェッショナル 仕事の流儀/ライバルスペシャル――最強の二人、宿命の対決』で、羽生二冠と森内俊之名人(当時)の対局が映ったのですが、このときも羽生二冠は「頭の中に隙間を作る」ことを実行していました。

今は対局制度が変わって外部での食事は制限されていますが、羽生二冠は対局中の夕食休憩時間、コートを着てわざわざ神宮外苑のゴルフ場のところまで歩いて行ったのです。サンドイッチを注文し、10分ほどで急いで食べ、また速足で歩いて帰ってきた。休憩時間は50分しかないのに、です。それを見たとき、私は「ああ、頭の中に隙間を作る」とは、こういうことかと悟りました。

対局とは全く関係ない時間、局面を考えない時間を作りだすことで、頭の中が整理されて新しい発想も出てくるのです。羽生二冠は短い休憩の中でも夜の散歩をすることによって、頭に隙間が作れたのだと思います。

大逆転で永世名人を手繰り寄せる

棋士にとって、「一回でも名人を獲ったら死んでもいい」とまで言われる名人の称号。羽生二冠は、あと一度勝てば「永世名人」の資格獲得というところで、なかなか勝てない時期がありました。2004年第62期と翌2005年第63期の名人戦では、2期連続で森内名人(当時)に敗北を喫し、結果、森内名人は2007年第65期名人戦において、羽生二冠より一歩先に永世名人に到達することとなりました。

放送されたのは、そんな因縁のある森内名人との翌2008年の対局でした。

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(第26期竜王戦 第2局より)

2008年第66期名人戦。森内名人に挑戦し、1勝1敗で迎えた第3局。控室で検討していたプロ棋士の面々は、森内名人の勝ちと判断して検討を打ち切ってしまったそのあとに、羽生二冠は驚異的な粘りを見せ、敗勢をはねのけて起死回生の大逆転勝利を挙げたのでした。七番勝負を4勝2敗で終え、これによって永世名人の資格を得るとともに、史上初のいわゆる「永世六冠」を達成したのです。

羽生二冠はそのときの心境を、「ずっと不利を感じていて気持ちが萎えていたけれど、それからひたすら最善手を続けた結果、勝利を引き寄せたのではないか」と語っています。

一日一日で最善を尽くす、対局時と同じ姿勢

以前、私が羽生二冠に教育界へのメッセージをお願いしたことがあります。そうしたらちょっと考えられて、「『一日一日活き活きと生きる』ということですかね」とおっしゃって、「早口言葉みたいですね」と笑っていらしたのが印象的でした。そしてお忙しい立場なのに、「どうぞ子供たちにあげてください」と、わざわざ色紙5枚と扇子を宅配便で送ってくださいました。実は、

その対応がまた早いのです。その日という一日一日で、最善のことをしようということなのでしょう。対局時とまったく同じ姿勢だ、といたく感動しました。羽生二冠の表情を見ていても、笑顔が柔らかくてきれいです。もしかすると最善を尽くしてできることをやろう、活き活きと生きよう、そういう姿勢が表情に表れているのかもしれません。

実は、その後、昨年、拙著「将棋に学ぶ」(東洋館出版)での対談の時にも「一日一日を活き活きと生きる」という心情を訊ねた所、今の自分もこの気持ちを大切にされているとおっしゃっていました。

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将棋では常に、この手を指したいのだけれど、今は気持ちを切り替えてこちらの駒を突いておこうなどと、頭を整理していく姿勢が求められます。頭の中に隙間を作るというのは必須の作業です。しかし、頭の中に隙間を作り、最善手を探る作業は、普段の生活においても、とても大切なことなのではないでしょうか。

一日一日活き活きと生きる――この羽生二冠が送ってくれたメッセージのような日々の過ごし方を、ぜひ子供たちには心がけてほしいと思います。

子供たちは将棋から何を学ぶのか

安次嶺隆幸

ライター安次嶺隆幸

東京福祉大学教育学部教育学科専任講師(元私立暁星小学校教諭)。公益社団法人日本将棋連盟学校教育アドバイザー。 2015年からJT将棋日本シリーズでの特別講演を全国で行う。中学1年生のとき、第1回中学生名人戦出場。その後、剣持松二九段の門下生として弟子入り。高校、大学と奨励会を3度受験。アマ五段位。 主な著書に「子どもが激変する 将棋メソッド」(明治図書)「将棋をやってる子供はなぜ「伸びしろ」が大きいのか? 」(講談社)「将棋に学ぶ」(東洋館出版)など。

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