「持ち駒」というルールが将棋にもたらしたものとは?

「持ち駒」というルールが将棋にもたらしたものとは?

ライター: 安次嶺隆幸  更新: 2017年09月10日

縦横9マスずつに区切られた将棋盤、そこは81マスの小宇宙です。この盤上で、駒たちは果敢に戦い、激しく駆け巡ります。それはまるで人生のようでもあります。人と人とが出会い、別れ、また出会うように、駒たちも出会い、ときには敵方に落ち、また取り返されて戻ってもくる。一つの対局を見ていても、そんなドラマが展開されているのです。

「持ち駒」というルールによって進化したゲーム性

将棋に類するボードゲームは、世界にはたくさんあります。しかし、将棋のように駒を再利用するゲームは他に例がありません。一度敵方に落ちてしまうと、駒としての命運は尽き、盤上に戻ってくることはありません。ところが将棋の場合は、相手から取った駒は自分の手中にあっていつでも使える「持ち駒」になり、再利用されます。将棋は戦いのゲームでありながら、"戦死者"がまったくいない、と見ることもできます。

もともと将棋は、インド古代の「チャトランガ」というボードゲームが起源と考えられているそうです。同じ起源を持つと言われるゲームに、「チェス」や中国の「シャンチー」がありますが、チェスの駒はご存知のように「キング」「クイーン」「ビショップ」「ナイト」など特有の形をしていますし、「シャンチー」の駒は丸く、文字の色で敵味方を分けています。色によって敵味方が分かれているので、相手の駒を取っても、盤上に戻すということ自体が難しいのです。

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(第64期王座戦 第1局より)

ところが将棋の駒には色分けや形の区別がなく、敵味方共通の駒を用います。さらにその駒は五角形をしていて、形で向きを表し、その向いている方向によって、自分の駒なのか相手の駒なのかを表現します。その方式自体、「持ち駒」という独特のルールを可能にするものでした。

日本文化の精神性と「俳句」との関連性は?

戦国時代の合戦では敵を殺さず、捕虜にして自軍の戦力にしていたという歴史的事実があり、それが"戦死者"を出さない「持ち駒」再利用という将棋のルールに転用されたとする説もあります。いずれにしろ、ここにも日本の精神文化が強く感じられます。

その精神性を踏まえて、羽生三冠がおっしゃっていたのが、「将棋は俳句の五七五の精神と一緒だ」という言葉。確かに言い得て妙です。この言葉を聞いて、まさに私の心の腑に落ちた気がしました。

昔の将棋を紐解いてみると、もっと多くの駒が存在し、盤のマス目の数も81マスよりもっと多かったと言われています。今でも山形県天童市に行くと、「大将棋」と言って、縦横15マス、駒が29種類もある将棋が残っています。それが次第に無駄を省き簡素化し、節制し、お互いが共感しあう精神でもって、現在の形になった。それを羽生三冠は「俳句と一緒」と表現したのです。

その発展途上で、駒を再利用できる「持ち駒」のルールも生まれたのではないかと考えられています。無駄を減らしながらも、持ち駒のルールによってゲームとしての複雑性や面白さを損なうことはありませんでした。むしろ、持ち駒のルールがあるおかげでシンプルに、かつ奥深いゲームが完成したとも感じています。

将棋では、どの駒にも活躍の権利が与えられています。持ち駒のルールが生まれたからこそ、活躍の幅が広がったと見ることもできるでしょう。取るに足らないと思われがちな「歩」でも、「一歩千金」となりえますし、たとえ敵に取られても"戦死"することなく、「持ち駒」として再利用されます。一度盤上から姿を消した駒にも、次の活躍の場面が与えられているのです。

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(第64期王座戦 第1局より)

何度でも立ち直り、また活躍するという将棋の駒のメッセージ

これはまさしく、悔しい気持ちをたたんで宣言する「負けました」とそれに続く「感想戦」に込められた想いに重なっているように思えます。

現代社会はどうしても勝者に賞賛が与えられる傾向があります。オリンピックを観ても金メダリストへのインタビューは笑顔で、銀メダル、銅メダルの人は悔しそうな顔です。でも、入賞出来なくても自分の目標に到達した選手の笑顔にはなんだかこちらも安堵した気持ちになります。失敗を許さない社会がそうさせているのでしょうか。学校教育現場にいる自分に課せられた使命は、子ども達に、失敗してもいい、もう一度ゼロから始めていいんだよ――という心を育てることかもしれません。

「持ち駒」という「型」も、そんなメッセージを伝えてくれているのではないでしょうか。

子供たちは将棋から何を学ぶのか

安次嶺隆幸

ライター安次嶺隆幸

東京福祉大学教育学部教育学科専任講師(元私立暁星小学校教諭)。公益社団法人日本将棋連盟学校教育アドバイザー。 2015年からJT将棋日本シリーズでの特別講演を全国で行う。中学1年生のとき、第1回中学生名人戦出場。その後、剣持松二九段の門下生として弟子入り。高校、大学と奨励会を3度受験。アマ五段位。 主な著書に「子どもが激変する 将棋メソッド」(明治図書)「将棋をやってる子供はなぜ「伸びしろ」が大きいのか? 」(講談社)「将棋に学ぶ」(東洋館出版)など。

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