終盤戦のきわどい局面、どういう一手を指すべきなのか【子供たちは将棋から何を学ぶのか】

終盤戦のきわどい局面、どういう一手を指すべきなのか【子供たちは将棋から何を学ぶのか】

ライター: 安次嶺隆幸  更新: 2017年08月17日

詰むや詰まざるや、息もつかせぬ終盤戦の攻防で一気に詰ませるのもカッコいいですが、負けない手を選ぶというのも大切な考え方です。負けない、つまり「保険をかける指し方」は、小心のように思えるかもしれませんが、細心であるとも言えるのです。

終盤の緊張感の中でどのように指し手を選ぶのか

将棋は一般的に、100手から150手で勝敗が決まることが多いと言われています。プロ棋士の対局では、お互いの間合いをはかりつつ駒組を進める序盤戦、駒とお互いの主張がぶつかり合う中盤戦、それを過ぎると、最終決戦である終盤戦に突入します。どちらが先に相手の王様を詰ませられるかという戦いが展開されます。

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(第58期王位戦 第1局より)

終盤戦になると一手違いのギリギリの攻防が繰り広げられます。たとえ優勢で詰み寸前のところまで追いつめてていたとしても、わずかに一手、甘い手を指そうものなら途端に形勢が逆転してしまうこともあります。「最後に悪手を指した方が負ける」とも言われますが、それだけに終盤になるほど緊張感が高まっていきます。

そうした終盤戦、あと数十手で詰むとします。持ち駒もたくさんある。その場合、プロ棋士はどうするのでしょうか。「詰ませますか?」と尋ねたら、一も二もなく「詰ませます」という答えが返ってくるのかと思いきや、「いや、それでも詰ませませんね」と言う棋士が案外多いのです。

もちろん「私は詰ませますよ」と言う人もいます。「怖いけれど、思い切って金を打とう」と、果敢に攻めることもできます。しかし、無理して攻めて読みに抜けがあった場合は悲惨です。自分の駒を相手にあげてしまう危険があり、その駒で逆に自分が追い詰められてしまうこともあるからです。そうなると、一気に負けになってしまいます。真剣勝負の大切な対局で、「あーあ、失敗しちゃった」ではすみません。

だから多くの棋士は、安全な一手を指すと答えます。正確に指せば勝てるとしても、もしかしたら一手間違えて負けてしまうかもしれない、そのうえ時間もないような場合は、どう転んでも絶対負けない手を選ぶというのです。

負けない指し手を選ぶプロ棋士の心境とは?

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(第87期棋聖戦 第3局より)

こう説明すると、「保険をかける指し方」と言うのは、あまりに小心なように思うかもしれません。気の弱い指し方のようにも見えることでしょう。

確かに、思い切って王手をかけて詰まし切れば、それはかっこいいものですし、見ていて心惹かれます。「やっぱり、さすがだ」と言ってもらえるかもしれません。対して、「怖いからちょっと保険をかけました」というのは、そこで自分の弱さを出しているわけです。勝敗を争っている決戦の場において相手に弱さを見せるなんて、勝負的には明らかにマイナスです。

しかし、土壇場で自分の弱さを認めるというのは、大変な勇気がいることです。弱さをさらけ出して、かっこよくもありません。けれども、一気に勝負をつけてしまいたい気持ちを自分の中に押し込めて、終盤戦のきわどい局面で手堅く負けない手を指せるということは、「強さ」と言えるかもしれないと思いませんか?

プロ棋士はそういう場面で、これまでに何十回も何百回も失敗して痛い目に遭った経験があります。勝ち気にはやる自分の気持ちを抑えられず、痛恨の一手で勝敗がひっくり返されてしまった実体験があるのえです。だから逆の意味で勇気をもって、保険をかける。負けない手というのは、細心の注意を払った手とも言えるのです。

苦い経験に裏打ちされた最善の選択

実は私も苦い経験があります。優勝戦まで勝ち進んだ戦いでのこと。この大会での持ち時間は40分で、その持ち時間を使い切った時点で「負け」となるルールでした。私の持ち時間が残りおよそ2分となったとき、詰みが見えて、詰ましに行きました。相手も私の時間がないことをわかっていますから、必死になって逃げます。その結果・・・残りあと3手で詰むというところで、パタッと旗が落ち、持ち時間がなくなったのです。ジ・エンド。

負けです。 「もうほとんど詰んでいるのに」とジタバタしたところで、もはや万事休す。「負けました」と宣言しなければなりませんでした。そのときの心情といったら、文字通り血が逆流するような感じでした。

プロ棋士の皆さんは、そういう修羅場を私の比ではなく数えきれないくらい経験しているのです。だからこそ、保険をかける手を指せるのだと思います。

負けない手を指すというのは、実はそうした苦い経験に裏打ちされた最善の行為と言ってもいいでしょう。そのときの残り時間や自分の体調など、事細かなことまでも考慮に入れて、思い切って攻めたいところをぐっと抑えて最善を尽くしている手。それが保険をかける指し方なのです。

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気が弱いのではなく、細心の注意を払う子供

教室でも、「この問題分かる人」と子供たちに聞くと、「はい!」「はい!」とみんな手を上げます。ところが手の上げ方にも違いがあって、我先にと手を上げて自分の意見を言ってあとは遊んでいる子と、人の意見を聞いた後で少し経って手を挙げる子がいます。後者の子の保護者の方が授業参観して、「うちの子はすぐに手をあげないけれど、どうしたらいいのでしょう?」と心配なさることがありますが、私は「いや、素晴らしいじゃないですか」と答えるようにしています。

保護者の眼には気が弱いと映ったかもしれませんが、ちゃんと友達の意見を聞いて、「〇〇ちゃんはこう言ったけど、僕はこう思う」と言えるのは立派なことです。人の意見を取り入れて自分の考えを整理し、表現することは大きな学びです。一見、小心に見える態度は、プロ棋士の終盤戦の選択のように、細心の注意の結果でもあるのです。

しっかり考えて細心の注意を払って意見を述べたことに注目し、ぜひ褒めてあげてください。じっくり考えてから行動できる子の方が実は学びも大きく、伸びるケースがほとんどだったりするのです。

子供たちは将棋から何を学ぶのか

安次嶺隆幸

ライター安次嶺隆幸

東京福祉大学教育学部教育学科専任講師(元私立暁星小学校教諭)。公益社団法人日本将棋連盟学校教育アドバイザー。 2015年からJT将棋日本シリーズでの特別講演を全国で行う。中学1年生のとき、第1回中学生名人戦出場。その後、剣持松二九段の門下生として弟子入り。高校、大学と奨励会を3度受験。アマ五段位。 主な著書に「子どもが激変する 将棋メソッド」(明治図書)「将棋をやってる子供はなぜ「伸びしろ」が大きいのか? 」(講談社)「将棋に学ぶ」(東洋館出版)など。

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