考え続けることで見えてくる世界とは【子供たちは将棋から何を学ぶのか】

考え続けることで見えてくる世界とは【子供たちは将棋から何を学ぶのか】

ライター: 安次嶺隆幸  更新: 2017年07月03日

指し手を真剣に考えて一局を進めていきますが、いくら真剣に考えても、必ず対局者のどちらかは負けという結果になります。負けになってしまうと、考えたことが間違えていた、失敗したと感じてしまいがちですが、実はその考え続けたということ自体に価値があり、そこに成長があるのです。

子供たちの感じている心の葛藤

ある日の子供たちと私の会話からご紹介しましょう。
「みんな将棋をやってみてどうだった?」――将棋を始めたばかりの子どもたちに私はこう尋ねてみました。 すると、「勝ったときにはとても、嬉しい気持ちになる!」と言う元気の良い返事が返ってきました。 「そうだね。じゃあ、負けたときは?」 「うん・・・とても悔しい気持ちになるよ」という返事や、「7回やったけど・・・全敗。ダメだなあって悔しくてたまらない」という答えが返ってきました。

そう、将棋は負けるととても悔しいゲームなのです。将棋の世界では、底知れぬ精神性や勝負の中で人間力が試されます。将棋を始めたばかりの子どもたちにとって、最もインパクトのある体験は何といっても、「負けました」という宣言でしょう。

自分の負けを自ら認め、「負けました」と宣言して終了するゲームはそんなに多くはありません。「負けました」と宣言する手前で、どうしようもなく悔しくて、不甲斐なくて、悲しくて、そんな感情がないまぜになってきて襲ってきて、思わず涙がこぼれてしまう子も少なくありません。 一生懸命考えて、誰にも頼らず自分の力だけで指し手を決めての結果ですから、誰のせいにもできない自分の負けという事実を突き付けられるのです。 それでも悔しい気持ちを折りたたんで、「負けました」と言う。たったそれだけでも子供の心にどれほどの葛藤があることでしょうか。

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葛藤を乗り越えながら、勇気と思いやりの心が育つ

しかし、その葛藤を越えて「負けました」と言えたということは、自分で自分の負けの責任を取れたことを意味します。言い換えるならば、自分の負けを乗り越える勇気を持てたということです。そのことの意義には非常に大きなものがあります。

「負けました」を言われた勝者のほうも、そのときには勝てたものの、自分だって何度も負けて悔しい気持ちをイヤと言うほど味わってきています。負けた相手の気持ちが痛いほど分かるから、相手の気持ちを察し、一緒になって駒を置き戻して指し手を検討する感想戦を行います。

「もしきみがここでこう指していたら、ぼくの負けだったね」「こうすればよかったんだね。」 このような、相手への思いやりを自然と口にすることができるようになるのも、素晴らしい成長です。

そしてその感想戦によって、負けた子は多くのことを学び、前へ進む勇気を手にすることができるのです。 「次は勝ちたい。負けたくない。」といった気持ちが次への練習、意欲、活力、やる気につながります。

このように将棋を一局指すことで、勝ったほうも負けたほうもたくさんの葛藤を体験します。その葛藤が子供たちを大きく育ててくれているのです。

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真剣に考える、子供たちの充実した表情はプロ棋士にも通じる

今、考え続けることは「暗い」「ダサい」と言われる風潮があるように思います。「早くスイッチを押した方が勝ち」「時間内にできなかったから終わり」といった効率第一の社会では、「いつまでも考えていないで、もっと気楽に行こうよ」「そんなのどっちだっていいじゃないか」、そうした声が大きいような気がします。

しかし将棋の対局を一度でもご覧になったら、そんな意見はどこかに吹っ飛んでしまうはずです。対局で見せる子供たちの真剣な表情。保護者の方も「あんな顔を初めて見ました」と驚くほど、充実した表情を見せてくれます。プロ棋士同士の対局では、勝負を争っているのに、相手を打ち負かすというよりも、この局面で最善手は何かということを二人で研究し合っているといった、清々しい空気が漂っています。そういう姿を見ていると、考えることは実に素晴らしいことだとしみじみ感じます。

将棋は相手の指し手の意味を考えることから始まります。この一手にはどんな意味があるのか、それに対して自分がどう考えて次の一手を指せばいいのか。負けの悔しさを味わった子供は、最善だと思う答えを求めて必死に考えます。

一手一手先を見通して読むことを怠れば、また悔しい負けが待っています。じっくり考えずにいい加減な手を指したら、その結果は自分が背負わなければなりません。そうした実体験を通して子供達は、真剣に考える力と、自分の考えを積み重ねていく習慣を身につけていくのです。

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考え続けることで、失敗を乗り越えて勇気と力に変えていく

じっくり考えることができる子は、何かを生み出したり、何かを得たり、失敗を単なる失敗で終わらせる以上のことができるようになります。失敗から学び、自分を変えていく勇気と力を習得していきます。それは、自分自身が考え続ける中でしか身につけられないものです。

考えてみてすぐに答えが出ず、堂々巡りをしてもいいのです。それだけの時間をずっと考えたことに価値があり、考え続けることで必ず見えてくることがあるのです。子供たちには、その考え続ける姿勢を勉強や実人生にもつなげていってもらえたらと思っています。

子供たちは将棋から何を学ぶのか

安次嶺隆幸

ライター安次嶺隆幸

東京福祉大学教育学部教育学科専任講師(元私立暁星小学校教諭)。公益社団法人日本将棋連盟学校教育アドバイザー。 2015年からJT将棋日本シリーズでの特別講演を全国で行う。中学1年生のとき、第1回中学生名人戦出場。その後、剣持松二九段の門下生として弟子入り。高校、大学と奨励会を3度受験。アマ五段位。 主な著書に「子どもが激変する 将棋メソッド」(明治図書)「将棋をやってる子供はなぜ「伸びしろ」が大きいのか? 」(講談社)「将棋に学ぶ」(東洋館出版)など。

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