感想戦に込められているメッセージとは? 伝え合いともに道を究めようとする日本文化の美学【子供たちは将棋から何を学ぶのか】

感想戦に込められているメッセージとは? 伝え合いともに道を究めようとする日本文化の美学【子供たちは将棋から何を学ぶのか】

ライター: 安次嶺隆幸  更新: 2017年05月03日

将棋では、「負けました」という宣言である投了の後に「感想戦」を行います。ついさっきまで火花を散らして戦ってきた一局をビデオテープのように巻き戻すのですが、そこにあるのは反省の気持ちだけではありません。相手とともに一局の最善手を検討していく中で、得られるものは多々あるのです。

将棋はいかに全力を出すかを競い合う競技

感想戦は、対局の直後、まだ余韻が残っている中で始められます。負けた方は悔しさに打ち克って、勝った方は嬉しい気持ちを折りたたんで相手の気持ちを察しながら、実戦では現れなかった指し手や敗因となってしまった手、そこでのより良い手など探っていきます。勝者も敗者も関係なく、一緒に行う共同作業です。

将棋の対局は、「勝ち」という目標があって、それに向けて対局者は指し手を模索し合います。その最中にも相手との阿吽の呼吸、言葉のないコミュニケーションがなされています。その中で、将棋の本当の目的は相手に勝つことではなく、「自分の心に克つ」ということなのだとわかってきます。対局者の二人が、自分の力を出し切って最善手を模索し合う競技、と言ってもいいでしょう。

感想戦は、その精神をはっきりと形に表したものなのです。

相手とともに道を究めようとする日本文化の美学

対局では持ち時間が定められていますが、感想戦には時間制限がありません。敗者が納得するまで検討が続けられ、敗者が「ありがとうございました」と言って終了します。勝者の側から「もういいでしょう」と言うようなことは決してありません。

勝者と敗者が同じ土俵の上でお互いの読み筋を公開しそれを検証して、納得のいくまで最善手を模索する姿勢からは、伝え合い、ともに道を究めようとする日本文化の美学を感じられます。

以前、羽生善治名人の対局(2009年の第35期棋王戦本線トーナメント)の感想戦を見せていただく機会がありました。このときの相手は佐藤康光九段でした。対局では長い持ち時間を使い切るまで考えていますから、精も根も尽き果てているはずです。すでに疲れ切っている頭と身体をさらに酷使して感想戦に臨む羽生名人の姿は、勝負に負けた悔しさを超越していると思いました。勝った佐藤康光九段も最善手を模索して、何時間も、深夜に及ぶまで感想戦を続けられていました。私は、そのすごさにただ圧倒されるばかりでした。

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(第87期棋聖戦 第5局より)

初心者からでも、子どもでも感想戦を体験できる

感想戦を体験できるのは、プロ棋士だけではありません。初心者でも、子どもたちも、自分たちなりに対局を巻き戻す感想戦を体験することができます。

「JT将棋日本シリーズ・テーブルマーク子供大会」の対局を観戦していたときのことです。はっきりと自分の負けを声に出して宣言している子がいて、目を引かれました。感想戦を始めたのでそばによって話を聞いてみると、その負けた子が、さっそく相手に自分の指し手のことを尋ね始めたのです。「ぼくのこの手が悪かったかな」「こう指したらどうだった?」。 相手の意見を積極的に聞いて取り入れ、自分のものにしようとするその言葉は、失敗の反省から学びもう一度チャレンジしようという意欲にあふれていました。

対局開始当初は、どの子も自分の指し手を信じて力強く指しますが、戦況が進むにつれて、次第に自分の棋力のなさや相手に勝てなさそうだということがわかってきて、元気がなくなってしまいます。悔しさと悲しさが入り混じり、泣きたい気持ちになり、実際に涙がにじみ出てくる子もいます。

しかし、負けを毅然と言えたその子は、その悔しさ・悲しさと言った感情を心の中で折りたたむ作業をやり遂げられていたのです。気持ちを切り替え、はっきりと声に出して「負けました」ということが言えたからこそ、感想戦で相手の意見を聞く姿勢になれたのです。この気持ちの切り替え・姿勢の変化が次へのステップとなり、棋力の向上にもつながっていくのです。

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(2016年度 将棋日本シリーズ 静岡大会 テーブルマークこども大会 より)

相手と共有してより高みを目指す姿勢へ

敗者も勝者もなく、もっと良い手を模索してともに一生懸命検討していた二人の子どもの姿勢は、たしかに羽生名人のそれに通じてました。私は心の中で、二人の健やかな成長に感謝しました。

失敗してもいい。負けてもいい。失敗や負けの意味を自分で見出し、次への糧とできればいいのです。感想戦という「型」に込められたメッセージを、子どもたちはきちんと受けとってくれているのです。

この「型」もまた、将棋のすぐれた教育メソッドのひとつなのです。

子供たちは将棋から何を学ぶのか

安次嶺隆幸

ライター安次嶺隆幸

東京福祉大学教育学部教育学科専任講師(元私立暁星小学校教諭)。公益社団法人日本将棋連盟学校教育アドバイザー。 2015年からJT将棋日本シリーズでの特別講演を全国で行う。中学1年生のとき、第1回中学生名人戦出場。その後、剣持松二九段の門下生として弟子入り。高校、大学と奨励会を3度受験。アマ五段位。 主な著書に「子どもが激変する 将棋メソッド」(明治図書)「将棋をやってる子供はなぜ「伸びしろ」が大きいのか? 」(講談社)「将棋に学ぶ」(東洋館出版)など。

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