矢内女流五段「戦いは最後の五分間にある」、上田女流三段「日進月歩」。女流棋士が揮毫に込めた意味とは?【棋士と揮毫 vol.3】

矢内女流五段「戦いは最後の五分間にある」、上田女流三段「日進月歩」。女流棋士が揮毫に込めた意味とは?【棋士と揮毫 vol.3】

ライター: 直江雨続  更新: 2017年03月19日

将棋界において棋士とは切っても切れない関係にあるもの。それは揮毫です。 棋士が色紙や扇子に書く揮毫はその棋士の座右の銘であり、生き様も反映されたものとなっています。今回は女流棋士の揮毫として、矢内理絵子女流五段上田初美女流三段鈴木環那女流二段の揮毫を紹介します。

初代女王の座右の銘はナポレオンの名言

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矢内理絵子女流五段は埼玉県行田市出身。1980年1月10日生まれの37歳。 関根茂九段門下で1993年4月1日に女流2級デビュー。タイトル戦出場は18回、うち獲得は女王2期、女流名人3期、女流王位1期の計6期です。 マイナビ女子オープンが誕生した際に初代の女王となった矢内女流五段はトップ女流棋士としての長年の活躍と、2009年4月から2014年3月までNHK杯テレビ将棋トーナメントで司会を務めていたことから、もっとも有名な女流棋士のひとりです。

ファンからの人気も高く、2013年4月から2015年6月まで女流棋士会の会長を務めるなど、女流棋士のまとめ役として、対局に普及にと活躍されています。 そんな矢内女流五段の揮毫として広く知られているのが座右の銘でもあるこの言葉です。

『戦いは最後の五分間にある』

これはフランスの軍人・政治家であるナポレオン・ボナパルトの名言としても知られています。戦いにおける結果は最後の五分間で決まるとナポレオンは言いました。

棋士にとっても、対局の結果は最後まで分かりません。持ち時間が少なくなってからの大逆転はこれまでにも多数起こってきました。それゆえ、最後まで気を抜かずミスをせずに勝ち切ることの大切さをこの言葉から感じることができます。

特に将棋の対局における終盤戦では何が起こるかわかりません。二歩や時間切れ、頓死などが起こる可能性があるので、あきらめないことが何よりも大事ですね。

結婚・出産・子育てと女流棋士との両立が上田初美女流三段を進化させた?

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上田初美女流三段は東京都小平市出身、1988年11月16日生まれの28歳。 伊藤果八段門下で2001年4月1日に女流2級でデビュー。この時まだ12歳でした。 若くして女流棋士となった上田女流三段は、20代になるとメキメキと頭角を現します。

タイトル戦の出場はこれまで7回。トップ女流棋士としてタイトル戦の常連とも言える活躍を見せています。 初めてのタイトル戦出場は2009年の女流王将戦。この時は清水市代女流王将に2連敗してタイトル奪取ならず。

2011年の第4期マイナビ女子オープンでは甲斐智美女王に挑戦し、3勝0敗のストレートで番勝負に勝利し初タイトルの女王を獲得。翌2012年も長谷川優貴女流二段の挑戦を受けての防衛戦にストレート勝ちし、女王のタイトルを初防衛。翌2013年は女流名人戦の挑戦者となりますが、里見香奈女流名人に敗れて女流名人のタイトル奪取はできませんでした。この年はマイナビ女子オープンで挑戦者となった里見香女流四冠(当時)にストレート負け。女王のタイトルを失います。 2015年、再びマイナビ女子オープンで挑戦者となり、加藤桃子女王に挑戦するも、1勝3敗で敗れて女王復位はなりませんでした。

女流棋戦で活躍を見せている上田女流三段は2013年に同門の棋士でもある及川拓馬五段と結婚。そして2015年の年末に第一子を出産。女流棋士として、妻として、母親として、子育てと対局を両立させながら、今期も好成績を上げています。

そんな上田女流が好んで揮毫する言葉が『日進月歩』です。

『日進月歩』の意味は

日ごと月ごとに、たえず進歩すること。 ―デジタル大辞泉

とあります。 特に出産後の子育てで将棋の勉強に使える時間が減っている中で、それでも高勝率を上げ、今期女流名人戦では素晴らしい内容の将棋で開幕2連勝を飾るなど、上田女流自身が『日進月歩』の言葉そのものの活躍を見せてくれています。

鈴木環那女流二段は東北のファンにとっての希望そのもの

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鈴木環那女流二段は千葉県富津市出身。1987年11月5日生まれの29歳。 (故)原田泰夫九段門下。2002年10月1日に女流2級デビュー。 非公式戦ながら第5回、第6回の世田谷花みず木女流オープン戦で2年連続優勝。

2008年の第1回マイナビ女子オープンではあと1勝で決勝五番勝負に進出というところで、矢内女流名人(当時)に敗れてベスト4、同年の女流王将戦では挑戦者決定戦に進出するも矢内女流名人に敗れてタイトル戦への登場をあと一歩で逃しています。

ファンを大切にし、師匠譲りの礼儀作法で気持ちのいいあいさつがトレードマークの鈴木女流二段。女流棋士として聞き手や進行役を務めることが多いので、滑舌や発声をよくするためにアナウンス学校に通っていたこともある努力家としても知られています。

NHKで毎年放送される「将棋の日」の番組でも司会進行役を務めたり、開催地の紹介VTRに登場し、見事なレポートを披露したりするなどアナウンス学校仕込みのそのしゃべりは女子アナウンサー顔負けです。

2011年に東日本大震災が発生すると、鈴木女流二段は東北地方への将棋普及や復興支援のため日本将棋連盟東北統括副本部長(東北普及部長)に就任。東北地方に足しげく通い、現地の将棋ファンを励まし続けてきています。 やまがた特命観光・つや姫大使、あったかふくしま観光交流大使にも就任するなど、東北地方への普及の第一戦で活躍しています。

そんな鈴木女流二段の揮毫としてよく知られているのが

『夢は希望』

揮毫入り扇子として発売されたこともあり、鈴木女流二段のファン必携のアイテムとなっています。 震災で傷ついた東北地方の将棋ファンをその笑顔で癒やし、勇気づけてきた鈴木女流二段。彼女の存在は東北のファンにとってまさに希望そのものです。

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【まとめ】

女流棋士の揮毫を三つご紹介しました。 さまざまなイベントでサイン会を行うことが多い女流棋士はその揮毫もレパートリーが豊富です。その中でも矢内女流五段の『戦いは最後の五分間にある』上田女流三段の『日進月歩』鈴木女流二段の『夢は希望』はファンにもよく知られた代表的な揮毫です。 対局に、普及に、と全力で頑張っている女流棋士のみなさんの揮毫には、見ていると前向きな気持ちになれるものが多い印象です。

みなさんも落ち込んだ時や将棋で負けが込んだ時などは女流棋士の揮毫を見つめることで、また元気を取り戻せるかもしれませんよ。それが応援している女流棋士のものなら、さらに効果てきめんですよね。

直江雨続

ライター直江雨続

フォトグラファー/ライター。
2007年ごろよりカメラを片手に将棋イベントに参加してきた『撮る将棋ファン』。
この10年間で撮った棋士の写真は20万枚以上。
将棋を楽しみ、棋士を応援し、将棋ファンの輪を広げることが何よりの喜び。
『将棋対局 ~女流棋士の知と美~』や女子アマ団体戦『ショウギナデシコ』で公式カメラマンを務める。

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