第3回達人戦立川立飛杯が開幕! 勝又清和七段による第2回達人戦の振り返り!

 2025年12月6日、12月7日と今年も達人戦立川立飛杯が開催される。そこで、振り返りの意味を込めて、昨年度現地を訪れ、その熱量を知る勝又清和七段に昨年と同様記事の執筆を依頼した。

第2回達人戦立川立飛杯について

 第3回達人戦立川立飛杯の本戦出場者が確定した。今年も本戦(ベスト8による準々決勝~決勝)の公開対局が、2025年12月6日(土)・7日(日)に東京都立川市のTACHIKAWA STAGE GARDENで開催される。(リンク:https://www.shogi.or.jp/match/tatsujinsen/lp/main/tatsujinsenlp.html
 文字通り達人の名にふさわしいそうそうたるメンバーが会した。誰が勝ち上がっても不思議はなく、12月の開催が楽しみである。
 というところで、今年の本戦をより楽しむために、昨年の第2回達人戦本戦における名勝負を振り返ってみたいと思う。

第2回達人戦立川立飛杯 ブロック別予選トーナメント

 第2回達人戦立川立飛杯本戦は、2024年12月3・4日に第1回と同じくTACHIKAWA STAGE GARDENで行われた。本棋戦の参加資格は、50歳以上の現役棋士とされていて、該当の参加人数は57人に及んだ。前年度優勝の羽生善治九段、準優勝の丸山忠久九段に加え、谷川浩司十七世名人、佐藤康光九段(永世棋聖)の永世称号資格者は本戦へシードされる。
 残りの本戦出場者4名を、ブロック別予選トーナメントで選出する。この棋戦の特徴は50歳以上(第2回は2024年4月1日時点)にならないと参加できないこと。逆に言えば毎年のように大型新人が参加してくるということでもある。 第2回の初参加は木村一基九段に行方尚史九段に三浦弘行九段。なんと全員タイトル戦経験者だ。
 ちなみに私は予選の表を見て、「えっ相手が三浦さん? 彼も50歳になったの」とびっくり。対局ではあっというまにふっとばされて、終わったあとに「三浦さんも五十になったんですねえ」というと、三浦は「皆等しく年を取りますから」とにやっと笑った。
 歳を重ねるということは、奨励会では退会に近づくこと、棋士になってからは引退が近づくこと。良いこととは思わなかったが、この棋戦ができてから皆前向きになることができたようだ。
 そして予選を勝ち抜いたのは、森内俊之九段、木村一基九段、行方尚史九段、増田裕司七段だった。

12月3日(火)本戦 準々決勝


 第1回から達人戦準決勝・決勝の公開対局が画期的な演出なのは、昨年の振り返りでも紹介した(リンク:https://www.shogi.or.jp/column/2024/11/10_14.html?mi=rlt_match)。  第2回の対局スペースはステージ上になったが、イヤホンで解説を聞きながら観戦する形式は同様。静寂の中で対局する棋士の姿を目の前に、局面はスクリーンに映し出され、耳からはリアルタイムで解説を聞くことができる。
 さらに第2回ではもう一つ工夫があった。大盤解説スペースを、閉じられた別室ではなくホール外のフロアに設置し、そちらも直接見にいけるようにしたのだ。解説者の声を生で聞きたければ、自由にそちらへ移動することができる。このときの解説者は、1日目が糸谷哲郎八段と高見泰地七段、2日目が高見と藤森哲也五段だった。高見は2日間通しての登壇だ。
 また、館内通路やエントランスにはいくつもの企業・団体がショップやブースを出展し、棋士と直接向かい合い将棋アプリで対戦できるリレー将棋企画も行われていた。現代将棋と同じように、将棋イベントも進化し続けている。

羽生善治九段 VS 行方尚史九段


 では12月3日の準々決勝から見ていただこう。最初のカードは、羽生九段対行方九段だ。2人の初対戦は1994年の第7期竜王戦挑戦者決定三番勝負だった。また2015年第73期名人戦七番勝負の大舞台で、行方は羽生名人に挑戦している。将棋への情熱は2人ともまったく衰えないのがすごい。

【図は▲7七同桂まで】

 先手の羽生が矢倉に誘導したのに対し、行方は左美濃右四間急戦に構える。中盤は羽生が優勢だったが、行方は持ち前の粘り強さを見せ逆転、最後は図で△7九銀から長手数の詰みに打ち取った。前年度チャンピオン、セルフ表彰式で会場を沸かせた羽生がここで敗退した。

丸山忠久九段 VS 増田裕司七段


 準々決勝2回戦は丸山九段対増田七段戦。
 増田は関西ブロックを4連勝で勝ち抜いた。昨年の阿部隆九段もそうだが、この棋戦は関西棋士の勇姿を観ることができるのが魅力だ。増田は関西のベテランらしく、前夜祭の挨拶では軽妙なトークを披露したそうだ。対する丸山は、第1回達人戦では準優勝、第31、32期(2023、2024年)銀河戦で連覇を果たしていた(この対局のとき32期優勝は非公開状態)。しかも決勝の相手は2年連続で藤井聡太竜王・名人!なのだ。2023年で銀河戦の最年長記録を作ったが、その記録が54歳に更新された。というか54歳で藤井相手に連勝って、銀河連覇って、すごすぎませんか?
 所属が東西に分かれていることもあり、2人はなんと初対戦だ。
 オールラウンダー増田の三間飛車に対し、丸山は穴熊に組む。増田は右側にバランス型の陣形で穴熊に対抗しねじり合いに。増田がうまく食いついて図に。

【図は▲8九香まで】

ここで△8九馬▲同金△7八金▲7九銀打△7七香▲7八銀△同香成と強く踏み込めば後手玉は詰まないので増田の勝ちだった。とはいえ30秒将棋で角金を渡すのはなかなか決断できない。実戦は△2九竜としたため、▲5三桂右成△同金▲同桂成 △7二玉に▲6八銀と補強して、丸山が逆転勝ち。
 増田は慣れぬ和服で、汗をかきつつ力のかぎり戦った。その姿勢にファンは惜しみない拍手を送った。増田は「将棋世界」2025年3月号の自戦記で、「対局が終わり関西に戻ると、応援してくださっている皆様から、感動した、手に汗を握る対局だったと、お声がけをいただくことができて、公開対局の役目を果たせたかなと感じました」とつづっている。

谷川浩司十七世名人 VS 森内俊之九段


 準々決勝3回戦谷川森内戦は、先手森内の誘導で相掛かりに。対して谷川は自ら激しい変化に飛び込んだ。谷川は63歳とは思えぬほど、いまだ将棋が若々しく、最新の将棋に常にチャレンジしている。飛車角桂が飛び交う派手な将棋となったが、森内が制した。
インタビューで谷川はこう語った。
「動きの激しい将棋は、この年齢になったらやらないほうがいいのかと思いつつも、まだまだ抵抗はしています。(中略)最後はチャンスがあったように思うんですが、攻め方があまりにも冴えなかった。もう少し30秒将棋の緊迫感を味わいたかったし、皆さんにお見せしたかったので残念です」

佐藤康光九段 VS 木村一基九段


準々決勝4回戦佐藤九段対木村九段戦、後手の佐藤が得意のダイレクト向かい飛車に。
 佐藤が「ダイレクト向い飛車」初めて披露したのは2007年、森内との第56回NHK杯争奪戦決勝だった。当時の肩書は佐藤が棋聖、森内が名人で、両者とも永世棋聖と永世名人の永世称号を獲得していた。佐藤は先手でダイレクト向い飛車を披露し、優勝してみんなを驚かせた。出た当初はイロモノといわれていた戦法が、未だに公式戦で採用されているのはすごいことだ。2024年には佐々木勇気八段が、藤井に挑戦した第37期竜王戦七番勝負第3局(10月25・26日)で採用している。
 対して木村は端角から巧みに攻めて優勢に。なのだが佐藤は平然としている。そしてあの手この手で逆転し、図の局面に。

【図は△5一金打まで】

 直前、4二竜がいた状態で△5二金打とし、▲4一竜にさらに△5一金打、「絶対に負けません」という一手だ。この後も木村は粘りに粘ったが、佐藤が振り切った。

 控室での感想戦がまた面白かった。中盤で木村は角を渡すも金桂の2枚替えでさらにと金まで作るという戦果をあげた。ところが佐藤は、その局面はまだまだ大変(将棋用語だと「いい勝負」)と思っていたと言うのだ。さらに「いつもはもっと悪くなるから、これくらいは」と言う。私も、一緒に見ていた高見も思わず吹き出した。良い将棋を落とした木村がぼやきにぼやいたのは言うまでもない。
「まだいい勝負だと思ったと言われて驚きました。だけど確かに実戦的には大変なんですね。さすがの大局観だと思いました。」と高見。

12月4日(水)本戦 準決勝・決勝

 日が変わって12月4日。前日に引き続き初冬らしい晴天で、会場へ続く銀杏並木が美しかった。

丸山忠久九段 VS 森内俊之九段

 準決勝1回戦、丸山森内の対局。まさに巨頭の対決だ。
 後手の森内が角道を止めての雁木模様、力戦に。長いねじり合いを抜け出したのは森内だったが、森内は歩以外の駒が駒台に乗る前に30秒将棋になってしまい、時間に追われてミスがでる。

【図は△2二玉まで】

 そして大詰め、▲4四桂の王手に△2二玉と逃げたところ。図から▲3一銀△1二玉▲2一銀△1三玉▲2二銀不成!△同玉▲3二桂成△1三玉▲1四飛!と丸山は鮮やかに詰ました。3一銀を3二桂成に置き換えたのは飛車の横利きを通すためで、最後の▲1四飛が鮮烈な捨て駒、投了以下は△1四同玉▲1五歩△2四玉▲2五金△1三玉▲1四金までだ。30秒将棋でこの詰みを読み切ったのはすごい。見ていて声が出そうになったが、観客も、そして解説の高見も藤森も同じだった。

佐藤康光九段 VS 行方尚史九段


 準優勝2回戦、佐藤行方戦。
 後手番の佐藤が木村戦に続いてのダイレクト向かい飛車に。行方は自陣角から巧みに指し回しリードするも、佐藤が秒読みの中、剛腕を発揮して大熱戦となる。そして大詰め図に。

【図は▲6七玉まで】

 ここで佐藤は△4七歩成と詰めろをかけたが、そこで▲9五歩△同玉▲9六歩△同玉▲8八桂!が行方の妙手。30秒将棋でよくぞこの手が見えるものだ。
 対して△8七玉は▲9六銀△8六玉▲9五銀打△7五玉▲6五金まで詰み。実戦は、△8八同銀不成に▲8六金までで佐藤が投了。以下△9七玉に▲9六金打までだ。局後佐藤は△4七歩成に代えて△9六同銀ならまだ難しかったと、大いに悔やんだ。

丸山忠久九段 VS 行方尚史九段




 かくして、決勝は丸山行方戦となった。
 後手行方の雁木に対し、丸山は急戦を仕掛け、互いに香を取りつつ馬を作る乱戦に。図は行方が△5五桂と打ったところ。ここまで丸山は丁寧に受けていたが、ここから寄せに転じる。
図からの指し手

【図は△5五桂まで】

▲5五同飛!△同 銀 ▲8四桂 △7二桂 
▲5三歩! △同 金 ▲4二馬 △8四桂 
▲7三桂!(図)

【図は▲7三柱まで】

スパッと飛車を切り、▲8四桂と挟み撃ちにする。行方は△7二桂とマス目を埋めて▲7二金を消すが、そこで▲5三歩でうまい小技だ。銀で取ると▲7三桂があるので金で取ったが、馬をにじり寄ってから▲7三桂が決め手で、丸山が寄せ切って勝利した。丸山、達人戦初優勝だ。

「準々決勝も準決勝も内容があまりよくなかった。前夜祭で『達人戦に恥じないような将棋を指したい』と言ってしまいましたが、ちょっと後悔していました。まだまだ達人という名には遠いですが、達人を目指してこれからも研鑽していきたいと思います」
 インタビューで丸山は謙虚にそう語ったが、喜びも口にした。
「優勝できたのは素直に嬉しい」
 「努力の棋士」といえば永瀬拓矢九段が思い浮かぶだろうが、私にとって最も「努力の棋士」とは丸山だ。本人が自分のことを語らないので、昔のエピソードをひとつ紹介しよう。
 今から30数年前のこと。奨励会員だった私は、棋譜のチェックの仕事をするため9時半に将棋会館に入った。当時は棋譜は記録係の手書きで、棋譜自体というより消費時間の間違いが起こることがあるので、それをチェックするのだ。会館には丸山と、丸山の親しい棋士がいた。これからVSなのだという。ところが昼頃になると丸山の姿はなく、相手の棋士が一人で棋譜並べをしていた。「もう終わったんですか」と聞くと、「丸ちゃんは大学に行ったよ」と言う。丸山は早稲田大学に入学し、大学1年のときに四段昇段、棋士になっていた。そうか、現役早大生棋士だもんなあ。だけど、あなたはなんでまだ会館に? 
「いや、授業終えたら戻ってくるから、また指すんだ」
 ええっ、朝からVSやって授業出て、戻ってきてまたVS? すごいなあ。
 私は彼よりも1学年上のやはり大学生だったが、まだ二段でくすぶっていて、自分の不勉強ぶりが恥ずかしくなったことを覚えている。
 丸山はずっとずっとストイックに体を鍛え、将棋の鍛錬に励みつづけてきた。だからこその快挙といえる。

 さて、第3回達人戦もまた大物揃いで名勝負が期待できる。解説陣も花形棋士が並び、しかも土日の週末開催だ!(リンク:https://www.shogi.or.jp/match/tatsujinsen/lp/main/tatsujinsenlp.html) 
会場付近は洗練された街並みで、素敵なショップやレストランが軒を連ねている。ぜひ立川に足を運んでいただき、会場で直接、棋士の真剣勝負を堪能していただきたい。

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