3度目の激突、藤井VS伊藤 ―第9期叡王戦五番勝負展望―

 藤井聡太叡王に伊藤匠七段が挑戦する第9期叡王戦五番勝負が4月7日(日)に開幕する。八冠を独占する藤井、そしてこの一年で3度目のタイトル挑戦権を獲得した伊藤。2024年度の将棋界は21歳同士のライバル対決で幕を開けることとなった。このペースで戦っていけば、いずれは百番指しも視界に入ってくるだろう。

 タイトル戦でストレート負けを喫すると調子を落とす棋士が多いが、勢いを止めることのない伊藤の精神力は見事というほかない。初のタイトル挑戦となった秋の竜王戦七番勝負で4連敗を喫するが、そこから棋王戦の敗者復活戦を駆け上がり挑戦。さらに棋王戦五番勝負では開幕戦を持将棋に持ち込むものの、第2局から3連敗。第4局の二日後に行われた叡王戦の挑戦者決定戦で永瀬拓矢九段と対戦した。さすがにタイトル戦での敗戦から移動日を挟んでそのまま対局は厳しいかと思われたが......。


写真:睡蓮

 角換わりから後手の伊藤は右玉へ。互いに想定通りの進行か、後手の飛車を捕獲する激しい進行になっても猛スピードで手が進んでいった。その分かれは永瀬が優位に立ったようだが、すぐに形勢は混沌としてやがて伊藤が抜け出した。

【図は▲7八香まで】

 この局面で伊藤は残り15分ほど。形勢は後手優勢ながら先手は中段玉で粘り強く、時間もなくなってきて焦りそうなところだ。しかしここで△2六歩と伸ばしたのが落ち着いた攻め。▲7五歩△2七歩成▲7四歩△3七との進行は後手の攻め合い勝ちだ。永瀬は▲2八歩と辛抱したが、△2九飛▲7六香△2八飛成▲6五歩△2七歩成でやはりと金攻めが実現。と金ではがしにいく展開になれば間違いも少なく、以下は秒読みの中、伊藤が着実に押し切った。本局の勝利で伊藤は永瀬に通算5勝1敗と圧倒している。
 21歳で3回目のタイトル挑戦は快挙で、本来なら将来の永世称号も期待されるほどの素晴らしい勝ちっぷりである。いまや棋界のナンバー2と言ってもいいほどの活躍だ。

 それだけの活躍を見せている伊藤が唯一勝てていないのが藤井だ。昨年度は史上初となる八冠を制覇。八冠後はその強さがさらに安定し、竜王戦、王将戦、棋王戦といずれもストレート勝ちを収めている。タイトル戦の番勝負としては初登場から21期連続獲得中で、大山康晴十五世名人の持っていたタイトル戦の連勝記録を塗り替えてなおも更新中だ。一般棋戦こそ昨年度は決勝戦での負けが目立ったが、年間勝率は8割5分を超えて歴代2位の記録を叩き出した。高勝率は基本的に予選から戦える若手棋士が出すものであり、歴代1位の中原誠十六世名人の記録も五段時代だ。だが昨年度の藤井はすべてのタイトル戦、一般棋戦決勝を戦った結果であり、「今年こそは」の期待すらかかってしまう。タイトル戦における連勝も昨年の王座戦第2局から14連勝中であり、これらの記録をどこまで伸ばしていくか。


写真:八雲

 公式戦における過去の対戦成績は藤井から見て10戦全勝(1持将棋)となっている。お互いに研究の深い居飛車党で、戦型は角換わり腰掛け銀が中心になると思われるが、藤井が後手番だった棋王戦第4局では角換わりを拒否する変化を見せた。棋界の最先端を行く二人が戦う今回のシリーズでも再びこの作戦が採用されるようなら、将棋界全体のトレンドにもなることだろう。今年度の相居飛車の流行を作る五番勝負だ。

 あらゆる面でスキのない藤井だが、伊藤にとって好材料をあげるとすれば、叡王戦五番勝負はチェスクロック使用の4時間と、タイトル戦で最も持ち時間が短いことだ。この持ち時間なら藤井を一分将棋に追い込める可能性も高く、実際に第6期の豊島将之叡王(当時)に挑戦したシリーズや、前期の菅井竜也八段との防衛戦では苦戦を強いられている。
 とにかく伊藤としてはまず1勝が欲しいところだろう。対藤井戦、そしてタイトル戦番勝負での初白星になるからだ。

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