羽生三冠とCA藤田社長対談、将棋の世界で若手が強いその理由とは?

羽生三冠とCA藤田社長対談、将棋の世界で若手が強いその理由とは?

ライター: AbemaTV将棋チャンネル編集局  更新: 2017年08月15日

勝負強さの秘密は「経験値」の積み方にある

藤田:羽生さんはずっと王者として挑戦者を迎え撃つ立場なわけですが、それってすごく大変なことだと思います。勝って当たり前の立場というのは。

羽生:そういう状況に慣れてしまったというのはあります。まあ、棋士生活は非常に長いものなので、あまり一喜一憂しないようにはしています。今年引退される加藤一二三九段も、現役生活は63年になりますから。

藤田:それはすごい。誰にも抜けないぐらいの記録ですね。

羽生:現役生活を63年と考えると、私なんかはまだ折り返し地点にも達していません。「これからあと30年」と考えるだけでも、相当やる気がなくなります(笑)。だから、とりあえずは目の前の一局、目の前の一年をがんばる。そう思わないと、ちょっとやっていけない感覚はあります。

藤田:それは僕も一緒ですね。今年で社長になって18年かな。あと同じように20年やれと言われたら、「いますぐ辞めさせてください」って言うかも。そんな先のことまで考えたくない(笑)。

羽生:はい(笑)。ただ、棋士生活を長くしているといいこともありまして。例えば、将棋の世界はものすごく幅広い世代の人と交流が持てます。藤井聡太さんは21世紀生まれですし、私が対戦した中でもっとも高齢な方だと明治生まれの人もいます。明治から平成、21世紀の人まで、ひとつの盤を囲んで対局できる。それは将棋のすごくいいところだと思います。

藤田:一般の企業で考えると、60歳70歳の人が上にたくさんいるというのは、普通は若い人が頭角を現しにくい世界だと思うんです。でも、そういうことが将棋界にはありません。

羽生:将棋界は年功序列というのがないので、結果でどんどん上がっていけるし、逆にどんどん下がることもあります。一般的には20歳前後で棋士になって、60前後ぐらいで引退する人が多いので、全体的には普通の会社員と似ているところもあります。ただ、私が最初にタイトルを取ったのが19歳のときで、席次でいうと60位くらいでした。それがいきなり1番や2番になり、また負けて、また戻ってと、そういうダイナミックさは常にあります。

藤田:羽生さん世代は強い棋士が多い印象ですが、今のインターネットで学んだという渡辺明さんたちの世代はいかがですか。

羽生:とても強い世代だと思います。名人の佐藤天彦さんもそうですし。私はあの世代の人たちとは、かなりネット上で将棋の試合をやっていたと思います。

藤田:え、ネット上で? 羽生さんと?

羽生:といっても、匿名なので本当かどうかは分かりませんが、なんとなく指している手応えとして、いまの30歳前後の人たちとは、彼らが10代ぐらいのときに結構対戦していたような気がします。

藤田:そうですか。ある意味、羽生さんもネット世代なんですね。

羽生:将棋の世界も、そういう新しいものが出てきたときは、どんどん取り入れていかないといけないので。だから、5年後ぐらいには「AbemaTVを見て棋士になりました」という人が出てくるかもしれませんね。

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藤田:麻雀の世界では、40代半ばぐらいの人が一番強いといわれていまして。本当は麻雀のほうが「運の要素」があるので、若くて強い人がいてもいいのに、そういう人はあまり出てこない。プロでも30歳を超えてようやく顔が出るくらいです。

羽生麻雀のように運の要素が強いものだと、すごく抽象度の高いものを認識しないといけないので、それにある程度の経験値が必要なのだと思います。ただ、ポーカーの場合は、カジノで何十年も経験を積んだ人よりも、ネットでたくさんの試合をする人のほうが経験値は高くなるそうです。つまり、リアルの場だと1度に1試合だけですが、ウェブやサイバー空間だと1度に何試合でも可能です。麻雀についてはよく分かりませんが、もし同時に何試合も打てるような経験の積み方ができれば、もっと若くて強い人が出てくる可能性はあるかもしれません。

藤田:なるほど。短い時間でもっと対局数をこなすことができれば。

羽生:あと、将棋の世界で若い人がなぜ強いかというと、それはやはり「いいとこ取りができる感性」があるからだと思います。いろんな作戦がある中で「これはもう時代遅れだ」とか「この作戦がこれからはいい」とかを、若い人のほうがすごくドラスティックに見極められる気がします。

藤田:それはビジネスの世界も同じかもしれないですね。どうしても抽象度の高いことが多くなるので、それを理解するための忍耐力とか、大局観的なものは必要になりますが。

羽生:そういうものって、何をやったらそのスキルが上がるかという方法論がないんですよね。そこが悩ましいところといいますか。

藤田:あえてひとつ挙げるなら、やっぱり「経験を積むこと」かもしれませんね。多くの失敗から学んだり、成功経験を次にいかしたりと。

羽生:さらにやっかいなのは、本人のやったことと結果が必ずしも一致しないことです。間違った決断だったけど、結果的にはうまくいったとか、考え方はベストを尽くしたけど、うまくいかなかったとか。そのあたりの反省や検証については、藤田さんはどうされていますか?

藤田:あまり思い詰めないことですかね。型を決めすぎないというか。あるパターンでうまくいったときも、「その場合はたまたまそうだった」くらいの感覚で考えるようにはしています。

心配事を忘れるスキル、気持ちを切り替えるスキル

藤田:麻雀を本気で打っていると、頭が冴えすぎるというか、対局が終わったあとに全然眠れないことが多くて。羽生さんは、対局のあとに眠れなくなることはありますか?

羽生:私は、割合よく眠れるほうだと思います。どちらかといえば、こういう対談やイベントでたくさん話をしたときのほうが、終わった後のクールダウンが大変かもしれませんね。

藤田:試合で負けた日なんかに、ベッドに入ってから「ああ、あの手があった」とか、そういうことは?

羽生:私の場合は、車を運転しているときなんかに、結構良い手が思い浮かんだりしますね。車の運転はクールダウンにもいいんですよ。あと、先ほど藤田さんもおっしゃっていましたが、あまり突き詰めすぎないというのは、結構大事なことかもしれませんね。

藤田:僕は麻雀で負けた日は、将棋を指すようにしていまして。というのも、コンピューターのレベルを少し低めに設定して、圧勝してからスッキリして寝るという(笑)。

羽生:そういう切り替えって、すごく大切だと思います。それこそ仕事だったら心配事とか、懸案事項って常に頭の中にあるわけで。どうやってそれらをうまく切り離すかというのも、結構大切な能力ですよね。

藤田:僕もそう思います。麻雀をしている間って、仕事のことを考える余裕がまったくないので、そういうメリットもあるんです。

羽生:記憶力の上げ方とか、思考能力の上げ方という話って、結構いろんなところで語られますが、「どうやったら心配事を忘れられるか」という話も、本当は同じくらい大事なことだと思います。

藤田:僕はネットの仕事をしているので、スマホを触っているだけで仕事のことが頭をよぎってしまいます。でも、将棋や麻雀をしているときだけは、仕事のことを完全に忘れられるんです。

羽生常に考えていることを完全に切り離すというのは、気持ちを切り替える面でも、また発想や視点を変えるという面でも、とても大事なことだと思います。

テレビとネットの融合を目指す「AbemaTV」のこれから

羽生:4月でAbemaTV開局から1周年ですが、振り返ってみていかがですか?

藤田:良いスタートが切れたと思います。1か月850万人が見るということは、単純計算にして人口の約10分の1ですから。AbemaTVはマスメディアを目指しているので、もっとテレビ並みに視聴されるものにしたいと考えています。しかし、「スマホでテレビを観る」とか「ネットの映像をテレビに映す」という視聴習慣がまだありません。それなりに長い時間がかかることも分かっているので、10年は腰を据えてやるつもりです。

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羽生:スマホで観られることにもこだわりはない、という感じなのでしょうか。

藤田:そうですね。僕も完全にそうですけど、デジタル環境に慣れてくると、タブレットで見たり、スマホで見たり、テレビで見たりと、状況によってデバイスはなんでもいいので。たぶん、これから多くの家庭がそうなっていくだろうと予測しています。

羽生:とりあえずスマホで動画を見始めて、もっと続きを見たくなったらテレビの大きな画面に映して、という人も増えているそうですね。

藤田:そうなってくると、テレビのリモコンを探すよりも、スマホを操作するほうが先になりますからね。そのほうが便利と思われるような状況をつくりたいですよね。

羽生:こうして話をしていると、信じられないことが本当に現実に起こりつつあるんだなと、実感させられます。

藤田:海外の「DAZN(ダ・ゾーン)」という会社は、今年からJリーグの権利を買い取って、全試合をネット視聴できるようにしましたよね。DAZNはネットサービスですから、インターネットテレビのような存在です。スマホやパソコンで見てもいいし、Wi-Fiを使ってテレビで見てもいい。こういう事例が増えていくと、これは一般の人の視聴習慣にもつながっていく話なので、いよいよネットとテレビの融合が現実味を帯びてくると思います。

羽生:視聴習慣が変わっていく一方で、見ている人が面白いとか、もっと見たくなるようなものが増えないと意味がないわけで、AbemaTVの将棋チャンネルもたくさんの人に喜んでもらえるよう、若い世代の棋士たちが中心になって、もっと盛り上げていってほしいと思います。

藤田:将棋チャンネルは、意外と若い人が見てますからね。これからもっと盛り上がっていくと思います。

羽生:AbemaTVの皆さんや、他の業界の方々の意見も参考にしながら、将棋界全体でもっと発展させていけるとうれしいです。これからも引き続き、よろしくお願いいたします。本日はどうもありがとうございました。

藤田:こちらこそ、どうもありがとうございました。

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羽生三冠×藤田社長 特別対談 ~勝負の世界で生きる40代~

AbemaTV将棋チャンネル編集局

ライターAbemaTV将棋チャンネル編集局

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