竜王戦第3局中継こぼれ話。タイトル戦有名宿「滝の湯」の女将に聞く「竜王の間」誕生秘話

竜王戦第3局中継こぼれ話。タイトル戦有名宿「滝の湯」の女将に聞く「竜王の間」誕生秘話

ライター: 松本哲平  更新: 2016年11月22日

渡辺明竜王に丸山忠久九段が挑戦する第29期竜王戦七番勝負は、第3局を終えて挑戦者が2勝1敗とリード。これからの戦いがますます盛り上がることは間違いない。

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「将棋のまち」天童市で行われた第3局、私は中継班として現地に赴いた。対局場所はタイトル戦の定宿である「ほほえみの宿 滝の湯」。対局2日目に女将の山口隆子さんに取材を申し込んだところ、これまでの一局一局に思い入れがあるという前置きのうえで、最も印象に残った対局について話を聞くことができた。

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その対局とは、1994年に行われた第7期竜王戦七番勝負第6局。佐藤康光竜王に羽生善治名人(名人・棋聖・王位・王座・棋王の五冠を保持。肩書は、いずれも当時)が挑戦したシリーズだ。羽生名人は4勝2敗で竜王を奪取、史上初の六冠に輝いた。

この年、滝の湯は本館の改装工事を行っていた。対局に関してさまざまな配慮を施した、「竜王の間」の完成が迫っていた時期である。滝の湯では第5局の打診を受けていたが、ひとつ問題があった。工期がギリギリ間に合わないのだ。滝の湯は悩んだ。予定どおり第5局を引き受けて別の客室を対局室に使うか、それとも――。

滝の湯はある決断をする。当時の読売新聞社の将棋担当・山田史生記者に連絡を入れ、次のように相談した。

「滝の湯での開催を第6局に変更できないか」

提案したのは、第5局と第6局の対局場所を入れ替えることだった。山田記者は電話の向こうで驚きの声を上げたという。七番勝負で開催が約束されているのは第4局まで。第5局以降は対局がない可能性があり、その可能性はシリーズ後半になるほど高まる。山田記者は尋ねた。

「対局がなくなるという覚悟はおありですか」

山口さんは当時のことを振り返る。

完成した竜王の間を、最初に竜王戦で使ってもらうことに価値がある。もし第6局がなければ、それは運がなかったとあきらめようと。皆でそう決めました」

こうして対局場所の入れ替えが決定。七番勝負の告知ポスターが完成する直前の出来事だった。

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そして七番勝負が開幕すると、挑戦者の羽生名人は怒濤の3連勝。滝の湯のスタッフは気が気ではなかったそうだ。ところが、そこから佐藤竜王がカド番をしのいで2連勝。こうして竜王の間は注目の中でこけら落としを迎え、羽生六冠誕生、将棋史に残る一局の舞台となった。山口さんは穏やかな笑顔でこう語った。

「一生涯、忘れられない思い出です」

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松本哲平

ライター松本哲平

2009年、フリーの記者として活動を始める。日本将棋連盟の中継スタッフとして働き、名人戦・順位戦、叡王戦、朝日杯将棋オープン戦、NHK杯戦、女流名人戦で観戦記を執筆。連盟フットサル部では開始5分で息が上がる。

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