将棋ファンなら一度は訪れたい。あの歴史的名局が生まれた「5つの有名旅館」を紹介

将棋ファンなら一度は訪れたい。あの歴史的名局が生まれた「5つの有名旅館」を紹介

ライター: 直江雨続  更新: 2016年09月27日

将棋のプロ棋士にとって、誰もが目標としていることがあります。 それは「竜王戦」「名人戦」「王位戦」「王座戦」「棋王戦」「王将戦」「棋聖戦」の七大タイトル戦。

実はこのタイトル戦。開催される場所は普段とは一味違い、全国のホテル・旅館で対局をするのです。 普段、東京と大阪にある将棋会館で対局を行うプロ棋士にとって、和服をまとい、ホテルや旅館で将棋を指すことは特別なこと。

七大タイトル戦では、全国のホテル・旅館で対局を行うことは古くからの慣例ともなっています。 開催者となるホテル・旅館では、対局者や関係者、将棋ファンなど多くの人に宿泊してもらい、また新聞等のメディアで取り上げられることで、宣伝効果も見込めるなどのメリットがあります。 将棋界では、タイトル戦の常連とも言える有名ホテル・有名旅館がいくつか存在しています。 将棋ファンなら一度は訪れてみたい5つのホテル・旅館をここではご紹介したいと思います。

永世竜王誕生の地!天童市<ほほえみの宿 滝の湯>

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まずご紹介するのは『ほほえみの宿 滝の湯』です。 将棋駒といで湯とフルーツの里、山形県天童市にあるホテルで、例年竜王戦が開催されることでも有名です。ホテル内に『竜王の間』というお部屋があって、竜王戦の対局はここで行われます。『竜王の間』は、最初から竜王戦の対局や中継がしやすいようにという配慮で作られていて、次のような特徴があります。 詳しくは竜王戦中継ブログをご覧ください

  • 盤面を映すカメラが天井に直接取り付けられるようになっている。やぐらを組んだりしないでよい。
  • ケーブルが、対局室から外のNHK衛星放送の中継車まで壁の中を通っている。ほかの対局場では窓や非常階段などをむき出しケーブルが走っているところ。
  • 中央の畳は通常の1.5枚分と大きい。盤の映像に畳のヘリが映らないようにするため。
  • 対局室の映像を撮ったときに殺風景にならないように、書院風の丸窓や違い棚が作ってある。
  • テレビから映る場所にコンセントがない。
  • 照明器具がレールで移動できて明るさを調整できる。
  • カーテンのほかにブラインドがあり、太陽の光を調整できる。
  • 人が来ると丸窓の向こうに影が映り、事前に気配を感じさせることで、対局者が驚かず雰囲気を壊さないようにしている。

永世竜王誕生の一局!

そんな『竜王の間』があるホテル『滝の湯』では、2008年に行われた第21期竜王戦七番勝負でその最終第7局という歴史的な大勝負の舞台となりました。 竜王戦四連覇中だった渡辺明竜王に、竜王通算6期獲得の羽生善治名人が挑戦したこのシリーズ。 この勝負に勝てば竜王戦五連覇となり『初代永世竜王』となる渡辺竜王と、勝てば竜王通算7期となりやはり『初代永世竜王』となる羽生名人。 その『初代永世竜王』をかけた歴史的な対局が行われたのがこの『滝の湯』なのです。

この時のような『永世称号決定戦』は全タイトル戦通じて史上初のことでした。 そして後にも先にもこれほどの大一番は存在しないかもしれません。 戦国時代に例えれば、『関ヶ原の戦い』に匹敵するような天下分け目の戦いだったのです。

結果、渡辺竜王がこのシリーズを3連敗後の4連勝で防衛し、初代永世竜王となりました。 その『初代永世竜王』誕生の場所となったのが『滝の湯』というわけで、将棋ファン、渡辺竜王のファンなら一度は訪れてみたい聖地ですね。

なお、今年2016年の第29期竜王戦七番勝負では、11月7日(月)・8日(火)に行われる第3局の開催地が『滝の湯』になっています。 果たしてどんな名勝負が繰り広げられるのか、今から楽しみですね!

名人戦第一局といえばここ!将棋界に春を告げる地<ホテル椿山荘東京>

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『ホテル椿山荘東京』は東京都文京区の目白通り沿いに位置し、東京都内に存在する有名ホテルの一つです。 2万坪の日本庭園を擁し、椿や桜など植物、庭園の頂上に建つ三重塔をはじめとする史跡等を鑑賞できます。 この『ホテル椿山荘東京』は2008年の第66期名人戦以降、毎年の名人戦の第1局の開催地となっています。 東京都内という立地もあり、関東在住の将棋ファンにとっては、比較的訪れやすいタイトル戦の宿の一つです。 毎年4月初旬の名人戦第1局の開催ということで、将棋界にとって『ホテル椿山荘東京』は、その年度の開幕を告げる地です。 遅咲きの桜が咲く椿山荘は将棋ファンにとっては春の象徴であり、名人戦の開幕の記憶とともに存在しています。

新名人誕生の幕開けはこの地から。

さて、その椿山荘での名人戦、今年2016年は羽生善治名人に佐藤天彦八段が挑戦しました。 3年連続10期目の名人獲得を狙う羽生名人と、初のタイトルを目指す佐藤天彦八段。 対局はホテルの庭園内にある料亭「錦水」の「音羽」の間で行われました。 4月5日、6日の2日間の戦いの結果は、羽生名人が勝利しました。 幸先の良いスタートを切ったかに見えた羽生名人でしたが、第2局以降は佐藤天彦八段が4連勝。 2016年は新名人誕生という歴史的な年になりました。

なお、例年椿山荘での名人戦では現地での大盤解説会も開催されています。 都内で行われるタイトル戦ということで、現地控室を訪れる棋士も多数。 そんな棋士が交代交代で解説会場に登場してくれるので、将棋ファンなら行く一手ですよ!

将棋ファンの聖地!伝説の名勝負多数!<鶴巻温泉 元湯 陣屋>

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『鶴巻温泉 元湯 陣屋』は神奈川県秦野市の鶴巻温泉にある有名旅館です。 東京近郊で行われるタイトル戦の開催地として将棋ファンの間でも特に名が知られており、これまでにも数多くの名勝負が繰り広げられてきました。 新宿駅から約1時間で行けるということもあり、陣屋でのタイトル戦の開催の際は多くの将棋ファンが足を運びます。

陣屋のHPによると、これまでに行われたタイトル戦は300以上! そんな名勝負が行われてきた「松風の間」には実際に宿泊することも可能です。

陣屋の見どころといえば、まずはその庭園です。 1万坪の庭園は四季折々に様々な顔を見せ、訪れるたびに新たな発見と感動があります。 カメラを片手に散策するのもおすすめです。 庭園で探してみたいのは「トトロの木」。 映画監督の宮崎駿さんは陣屋経営者と親族の関係にあり、幼少期に陣屋で過ごした体験が「となりのトトロ」などの作品に反映されているそうです。

さて、そんな陣屋で行われたタイトル戦の中でも印象に残っている将棋をご紹介します。

羽生二冠の鬼手△6六銀! 王座奪還の一局

2012年10月3日に行われた第60期王座戦五番勝負第4局、渡辺明王座対羽生善治二冠の対局です。 前年に王座戦20連覇を阻止された羽生二冠が、翌年王座を奪還すべく渡辺王座に挑戦したこのシリーズ。 2勝1敗と王座奪還まであと一勝となった羽生二冠ですが、この第4局は2手目△3二飛戦法という意表の戦法を採用しました。 そして形勢不明の終盤戦で羽生二冠が指した122手目の△6六銀(!)という鬼手はいまでも将棋ファンの間で語り草となっています。

まさに『羽生マジック』! 結局この将棋は千日手となり、同日指し直しとなりました。 指し直し局は22時39分から開始され、終局は翌日の2時2分。深夜の激闘の末、勝利した羽生二冠が王座を奪還することになりました。

また、羽生王位に木村八段が挑戦している注目のシリーズ。 3勝3敗で迎えた第57期王位戦の第7局も昨日から陣屋で行われています。 歴史的な勝負がまたしても陣屋で決着します。

越後湯沢の奥座敷。名局の宿<龍言>

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『龍言(りゅうごん)』は新潟県南魚沼市、上杉景勝・直江兼続ゆかりの坂戸山ふもとにある温泉旅館です。 約4000坪の広さを誇る大庭園や近郊の豪農屋敷や庄屋屋敷を移築してきた建物などから、越後の国の風土や歴史を感じられます。 そんな『龍言』では、これまでに竜王戦や王座戦などのタイトル戦で数々の名勝負が繰り広げられてきました。

近年『龍言』で行われたタイトル戦のうち、印象的なのはこちらでしょう。

若武者中村太地六段が羽生王座に挑んだ名局!

2013年の第61期王座戦は羽生善治王座に挑戦者中村太地六段が挑んだシリーズです。 2勝1敗と王座奪取にあと1勝となり、勢いに乗る若武者中村太地六段と、カド番に追い込まれた羽生王座が死闘を繰り広げたのが第4局の開催地『龍言』でした。 この日の対局は14時56分に千日手が成立し、指し直し局は15時26分から開始されました。 25歳の中村太地六段が初のタイトル獲得に向けて、渾身の力で羽生王座に攻めかかった終盤戦。 風前の灯火かと思われた羽生王座の玉ですが、綱渡りのようなしのぎの手順が続きます。 この第4局の千日手指し直し局は、第41回将棋大賞・第8回名局賞に選ばれました。 つまり2013年の一番の名局となったのです。

そんな名勝負の舞台となった『龍言』は2016年の今年第64期王座戦の第4局が開催される予定です。運命の日は10月12日(水)、羽生王座に挑むのは糸谷哲郎八段です。

また、第29期竜王戦七番勝負第7局が行われる12月21日(水)・22日(木)も舞台は『龍言』です。 今期も王座戦と竜王戦の名勝負が名局の宿『龍言』で誕生することが期待できますね!

棋聖戦開催地の代名詞!<ホテルニューアワジ>

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『ホテルニューアワジ』は淡路島の東海岸に位置するホテルです。 紀淡海峡や大阪湾を一望する絶好のロケーションでも知られる有名ホテルで、将棋界では毎年棋聖戦が行われることでよく知られています。 1996年6月18日の第67期棋聖戦五番勝負第1局 羽生善治棋聖対三浦弘行五段戦から、ホテルニューアワジでの棋聖戦開催の歴史がスタートします。 ちなみにこの1996年の棋聖戦、当時無敵だった羽生七冠から三浦五段が棋聖のタイトルを奪い、七冠を崩したことでも特に有名なシリーズです。

そして羽生棋聖とホテルニューアワジといえば、ある食事のメニューが定番となっていることをご存知ですか?

そう、それはきつねうどんです。 今年2016年の棋聖戦第一局でも6年連続で昼食に採用しています。 言うなれば羽生棋聖は『きつねうどん定跡』を確立しているのです。

ちなみに2008年から2015年まで、羽生棋聖が『きつねうどん』を注文した対局は負けなしの6戦6勝でした。しかし、そんな伝説が今年ついに打ち破られました。

『きつねうどん』必勝のジンクスを破った千日手王子!

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2016年の第87期棋聖戦、挑戦者となったのは永瀬拓矢六段でした。 デビュー以来千日手の回数の多さや、受けの棋風で注目される23歳の若手実力者。 ついたあだ名が『千日手王子』。 そんな『千日手王子』と羽生棋聖が戦った『ホテルニューアワジ』での第1局は、なんと千日手となります。 永瀬六段は初のタイトル戦でいきなり千日手になるという、まさに『千日手王子』の面目躍如。 昼食に『きつねうどん』を注文し、必勝のジンクスを踏襲した羽生棋聖でしたが、千日手指し直し局で永瀬六段に敗れてしまいます。

しかし、羽生棋聖はそこからシリーズを3勝2敗で制し9連覇! 来年の棋聖戦は10連覇をかけた防衛戦となります。 そこでまた第1局はホテルニューアワジでの開催となることでしょう。 そして昼食に『きつねうどん』を注文するかどうかも含め、羽生棋聖の戦いにぜひ注目したいと思います。

タイトル戦が行われる有名なホテル・旅館を5つご紹介しました。 いずれも将棋ファンなら一度は訪れてみたい憧れの場所。 数々の名局が、これからもここから生まれていくことでしょう。 現地の解説会に行くのも良し、タイトル戦が行われていない時期に思い切って宿泊しに行くのも素敵ですね。 ぜひ機会を見つけて名局の宿を体験してみてください。

*写真は竜王戦中継ブログ王位戦中継ブログ棋聖戦中継ブログより引用

直江雨続

ライター直江雨続

フォトグラファー/ライター。
2007年ごろよりカメラを片手に将棋イベントに参加してきた『撮る将棋ファン』。
この10年間で撮った棋士の写真は20万枚以上。
将棋を楽しみ、棋士を応援し、将棋ファンの輪を広げることが何よりの喜び。
『将棋対局 ~女流棋士の知と美~』や女子アマ団体戦『ショウギナデシコ』で公式カメラマンを務める。

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